ユーザーがプロダクトを「使わなくなる」のは、機能が足りないからではなく、解くべき課題の定義がずれているからかもしれません。
アラームアプリを例に考えてみましょう。「寝過ごす」という課題に対し、多くのアプリは「目を覚ます」ことで解決しようとします。しかし、起床が完了するのは「ベッドを出る」まで。
『TAP:UP』は、その一段先に課題を定義し直すことでまったく異なる設計を採用した、これまでにない形のアラームアプリです。現役大学生2名が開発を行い、NFCデバイスを利用した製品として2026年5月に販売が開始されました。
本記事では、どのような考えから現在の仕組みにたどり着いたのか、設計思想や意思決定の背景を、開発者である株式会社SANVIAの右田 凱士氏と宇賀神 虎乃介氏に伺いました。
起床を再定義する──TAP:UPに学ぶ行動変容設計とプロダクト開発
今回お話を伺った方々
▼『TAP:UP』とは?
株式会社SANVIAが開発した、NFC(近距離無線通信)デバイスとアプリを組み合わせたアラームアプリ。iOS対応で価格は税込3,980円。NFCデバイスにスマートフォンをかざすまで、アラームが止まらない仕組みとなっている。
公式サイト:https://tapupalarm.com/
開発の原点――寝過ごしの問題をどう捉えたか
『TAP:UP』は、NFCデバイスにスマートフォンをかざすとアラームが止まる仕組みです。
なぜ、デバイスを使用する設計としたのでしょうか。また、なぜ右田氏は本事業を起こす決断をしたのでしょうか。
そこには、「目を覚ますこと」と「ベッドを出ること」の間にあるギャップへの着目と、問題の捉え方を変えたからこそ見えたものがありました。
従来のアラームアプリの課題
起床は「目を覚ます」ことだけでなく、その後「ベッドを出る」という行為があって初めて完了するものです。しかし、ほとんどの目覚まし時計やアラームアプリは、目を覚ますための機能しか備わっていません。
そのため寝過ごしの真因は、アラームが鳴った後、意識が朦朧とした状態でベッドから体を起こすことのハードルの高さにあると右田氏は分析。ベッドを出るところまでを物理的にサポートできる仕組みこそがアラームアプリに求められているのではないかと考えたのです。
学生ながら事業を起こす決断をした背景
『TAP:UP』を開発した株式会社SANVIAは、2026年1月に設立されました。学生という立場でありながら、右田氏が本事業を起こすという大きな決断ができた背景には、共同開発者の存在がありました。
右田氏と宇賀神氏は、ともに「身近な課題をテクノロジーで解決したい」という思いを持っていました。プロダクト開発に対する熱量も近く、さまざまな価値観が一致したことが共同開発のきっかけになり、その後、コア機能のみを搭載した試作品を開発。テストやモニター調査を重ねる中で、『TAP:UP』には一定の効果があることを確認できたそうです。
特に右田氏らが注目したのは、寝坊防止そのものではなく、利用者の心理面の変化――起きられないことへの罪悪感が、起きられたときの達成感や充実感へと変わることに大きな価値を感じたといいます。
右田氏自身もかつては寝坊を繰り返し、自分を責めてしまうことが少なくなかったそうです。同時に、日本の若者の自己肯定感の低さにも問題意識を持っていました。
右田氏自身が同じ境遇だからこそ、小さな成功体験を生み出せるこのプロダクトに、単なるアラームアプリ以上の可能性を見いだしたといえます。その手応えが、学生という立場を超えて事業化に踏み切る原動力となりました。
NFCデバイスで意志に頼らない起床を実現
「目を覚ます」だけでなく、「ベッドを出る」段階までを含めたアラームアプリとして機能させるために、『TAP:UP』ではNFCデバイスを使用しています。
課金型・ゲーミフィケーション型など、さまざまなアプローチの製品が存在する中でこのような設計にした理由を、実装面での困難とあわせて聞きました。
NFCデバイスを採用した3つの理由
出典:PR TIMES
右田氏によると、『TAP:UP』でNFCデバイスを併用する形を選んだのは、以下の3つのメリットがあったためです。
①ベッドを出るというアクションを誘発できる
従来のアプリは、枕元でスマートフォンを操作するだけでアラームが止められます。その結果、「止めてまた寝てしまう」「スヌーズを繰り返す」などにより、結局寝過ごしてしまうことを防げない点が問題でした。
これを解決するにはベッドを出るという行動をさせる仕組みが必要であり、その実現にはNFCデバイスが最適だと判断したのです。
②リテンションが期待できる
ソフトウェアのみで完結するアプリだと、スマートフォンに存在する多数のアプリの中で埋もれ、使われなくなるリスクがあります。
一方、NFCデバイスは自宅などに物理的に存在し続けるため、一定期間使用しなくても、ふと視界に入ったときに利用を再開してもらえることが期待できるのです。
③直感的に操作できる
簡単にアラームを止められるアプリでは意味がない反面、計算問題やパズルなどのタスクをクリアしなければアラームが止まらないなど、設定や停止操作が複雑でも普段使いには適さないことがあります。「スマートフォンをかざす」という現代人が慣れ親しんだシンプルなアクションである点もNFCデバイスの利用に至った理由です。
タスクタイプのアプリを以前利用しましたが、効果を感じつつも煩雑さゆえに結局、標準アプリとしてスマホに搭載されているアラームに戻ってしまいました。入眠時は疲労がピークに達し、起床時は意識が朦朧としているので、直感的に使えるシンプルなアプリを求めていました
このように、「スマホをかざす」という現代人が慣れ親しんだアクションで操作できる点もNFCデバイスの採用につながりました。
どんな操作でもアラームが止まらない仕組みを実現
ユーザーを「ベッドから出させる」仕組みというのは、言い換えると「起きないという選択肢をなくす」仕組みです。
これを形にするには、アプリのシャットダウンや消音設定に関わらずアラームが止まらないようにする必要があります。そのために『TAP:UP』ではタイマーやアラームをロック画面や画面上部のDynamic Islandに表示できるようにするフレームワーク「AlarmKit」を採用しました。
開発で難航した点として宇賀神氏は、この「AlarmKit」の実装を挙げます。
「AlarmKit」は、Appleが「WWDC 2025」で発表したもので、対応デバイスもiOS26 / iPadOS 26以降と比較的新しいため、開発当時、実装事例やノウハウがほとんど存在しておらず、挙動を理解するところから始める必要がありました。
さらに、「AlarmKit」は処理の多くをシステム側で担う設計のため、不具合発生時の原因特定も困難で、デバッグとテストに相当な手間がかかったといいます。
特に苦労したのが、『TAP:UP』のコアとなる、「NFCデバイスにスマートフォンをかざさないと、アラームが止まらない」という挙動を、あらゆる操作パターンで担保することです。
ユーザーがアラーム停止のために行う操作は、電源ボタンや音量ボタンの押下のほか、情報をロック画面などに表示するLive Activityのスワイプなどさまざま。そのうちどのような操作がなされてもアラームが止まらないよう、想定されるケースを洗い出してテストし、回避策を組み込んでいく必要がありました。
ユーザー側の操作に対し、「AlarmKit」は開発者が扱いやすい形でコールバックを返してくれるわけではありませんでした。中でも、アラームをスワイプで消した場合などは、開発者側で停止操作を検知できないケースもありました
「NFCデバイスにスマートフォンをかざさないと、アラームが止まらない」という『TAP:UP』の中核機能は、こうした地道な検証の繰り返しのもとに作り上げられています。
誰もが購入できて長期間使えるプロダクトに
出典:PR TIMES
NFCデバイスの採用が固まった後は、それを実際の製品へ落とし込む必要があります。『TAP:UP』では、デバイスのデザインや仕様、価格設定について以下のような点で検討を重ねました。
①日常の中に溶け込むデザイン
NFCデバイスの裏面には、マグネットが付けられています。マグネットタイプにした理由は、ベッドから離れた冷蔵庫や棚などへの取付け・取り外しが簡単にできるからです。
さらに、インテリアになじみやすく、愛着がわくよう、シンプルなデザインにもこだわったといいます。
②長期間使用できる仕様
デバイスはNFC技術の特性上、充電・電池交換が不要で、10〜15年間使用可能です。メンテナンスなしで長期間使用できることで、電池切れによって使われなくなるリスクを減らすことにも成功しています。
③学生でも購入可能な価格
価格を決めるにあたっては、「誰もが購入しやすい価格」と「プロダクトの価値を適切に反映した価格」のバランスに悩んだそうです。
右田氏は、『TAP:UP』を単なる寝坊防止ツールではなく、朝の時間を有意義にし、自己への信頼感を取り戻すきっかけにもなるプロダクトとして位置付けています。
その価値を踏まえたうえで、学生でも飲み会を一度我慢すれば手が届く価格帯として、3,980円(税込)となりました。
寝坊防止ではなく「自己信頼」を届ける
『TAP:UP』が重視しているのは、「自分との約束を守れた」という小さな成功体験を積み重ねることによって、自己信頼や自己肯定感を育むことです。
このような価値を打ち出すことにした背景には、成功体験を積み重ねることで自分に自信を持ち、新たな挑戦につなげてほしいという、開発メンバーの思いがあります。
夜、「明日は〇時に起きる」と自分と約束を交わし、翌朝、実際に起きられたというその成功体験から1日を始める。私たちが届けたいのは単なる寝坊の予防ツールでなく、自信を持つための達成感です
ユーザーからは、「寝坊を繰り返していたのに、確実に予定通り起きられるようになった」「ベッドを出るまで30分以上かかっていたのに、10秒もかからなくなった」という声のほか、「寝坊や遅刻がなくなり、気分が下がらなくなった」など、精神面の変化を表すコメントも届いているといいます。
このような声も、朝の小さな成功体験の積み重ねが自己信頼につながるという右田氏らの考えを裏付けるものでしょう。
認知やユーザー数拡大のための今後の試み
『TAP:UP』がユーザーの悩みに寄り添うプロダクトとして軌道に乗りつつある中、今後の課題として右田氏は、マーケティング面での認知やユーザー数の拡大などを挙げます。
この課題に対し『TAP:UP』では、これまで以上にユーザーとの双方向コミュニケーションを増やし、PMF(プロダクト・マーケット・フィット)の達成を目指すとともに、SNSを中心にさまざまな施策を通して試行錯誤を続けていく予定です。
「自分との約束を守れた」という経験に変える。右田氏が届けたいのは、アラームアプリの枠を超えた、自己信頼を育てるための最初の一歩です。その問いかけが、どれだけ多くの人の朝を変えていくのか──『TAP:UP』の挑戦はまだ始まったばかりです。
Toranosuke Ugajin
右田氏
起きられずに自分を責めてしまうような、自己信頼が低い境遇にあった同世代の私たちだからこそ、罪悪感を達成感に変えるプロダクトを開発したいと思いました。そして、学生という枠を超えてこのアプリを日本中に広め、若者の現状を変えたいと強く感じたことが事業を起こす決心をした理由です