「備えが大事なのはわかっている。でも、平常時に開いたことは一度もない」――防災、医療、保険など、いざという時のためのアプリの多くが抱える宿命です。使われるべき瞬間に限って、ユーザーの手元から離れているという矛盾。福島発の学生スタートアップ、Yappe株式会社が運営する『防災me』は、この課題に「通知を強くする」ではなく「アプリの存在価値そのものを再定義する」という選択で応えています。
初版リリースからおよそ1年で、情報配信型からSNS型へと全面刷新した判断の裏側を、代表取締役の隂山弘暉氏に伺いました。
通知強化か、全面刷新か――学生発Yappe株式会社『防災me』が選んだSNS型リニューアルという賭け
▼『防災me』とは?
東日本大震災を経験した学生防災士が福島県で立ち上げた、そなえを日常に組み込む防災アプリ。位置情報付きでワンタップ通報できるSOS機能や、防災クイズ・施設チェックインで貯めたポイントを防災グッズと交換できる「そなえポイント」、近隣の避難所・AEDを表示する防災マップを搭載。
公式サイト:https://bousai.me
「一人では続かない」という一言が、通知強化ではなく作り直しを選ばせた
▲隂山弘暉氏
隂山氏が防災に向き合う原点は、6歳のときに出身地の福島県で経験した東日本大震災です。活動を始めてから被災地の方と対話をし、いろいろな被災経験を伺う中で、「災害はいつ起こるかわからないし一瞬で人生を奪ってしまうもの」と感じたことが原動力になっているといいます。
この原体験をもとに、学生団体として防災情報の発信を続けてきた隂山氏は、2025年3月に『防災me』の初版アプリをリリース。しかしそれからわずか1年で、情報配信型のアプリをSNS型へと全面的に作り変える決断を下します。きっかけは、ユーザーから寄せられたある一言でした。
――アプリのプレスリリースに、「防災を一人で続けるのが難しい」というユーザーの声が一番印象に残ったと書かれていました。その声は具体的にどこで拾われたものでしたか。
隂山:N1インタビューのような形ではなくリアルな声を聞きたいので、イベントに来ていただいた方や、毎年40人くらい集めている実行委員の学生と話すときに、ユーザーのインサイトを拾うことが最も多いんです。
そういったときに、「防災に関心はあるのだけれど、一人だと結局、英語学習と同じでモチベーションが続かない」という話を聞いたのが、とても記憶に残っています。
――通知を強くしたりUIを直したりといった、もっと小さな修正も検討にあったかと思います。それをやめて、ゼロから作り直すという決断をされた決め手は?
隂山:実は、この構想自体は2年前くらいからずっと検討していたものなんです。通知やコンテンツの充実のほうがコストは安く済みますが、バージョン1を作ったときはあまりユーザー視点になれていなかったのが正直なところだったので……。
防災についてユーザーの関心が高まる時期は、3月、防災週間のある9月、あるいは災害が起こったときくらいしかありません。興味を常時持ってもらうことを考えると、SNSという軸が一番いいのではないかと考えました。
――学生中心のチームだと思いますが、開発のリソースはどのように捻出しているのか気になります。
隂山:タイミングよくAIが出てきてくれたことが幸いしていて、開発メンバーは実は2〜3人しかいません。バックエンドなどAIに任せられない部分は人間が対応しますが、UIなどの部分はAIで作っているんです。
――なるほど。それでも、学業との両立は大変だったのでは?
隂山:正直、大変でした。外部のアドバイザーからも絶対に無理だといわれたこともありましたし。ですが、原体験に根ざした思いを手放したくなかったので、学生生活をここに捧げようと、全面刷新に踏み切りました。
「備えのアプリ」だからこそ、あえて入れなかった機能
ユーザーを守るという原点は、機能の取捨選択にも表れています。SNS型へと舵を切った『防災me』ですが、匿名投稿や避難情報の相互投稿など、SNSであれば当然検討されそうな機能の多くが見送られています。
▲リニューアルの目玉機能、家族へのワンタップSOS緊急通知機能。
左:設定画面で表示方法が選べる/右:TOP画面への表示例(標準表示)
▲SOS緊急通知機能を発信した例。
左:発信側の画面/右:受け取った側の画面(提供:Yappe株式会社)
――SNS機能を入れる際、あえて入れなかった機能があれば教えてください。
隂山:入れなかったもののほうが多いんです。軸として、災害発生時のプッシュ通知や災害情報の発信は、あえて入れていません。「備えのアプリ」と謳っているので、そこは『Yahoo!防災速報』などのプロのアプリに任せようと考えました。というのも、災害が起きてからどうこうしても、命が救われる確率は下がってしまうと思っているからです。
避難所のステータス投稿なども、嘘の情報が混ざると生死に関わるので、あえてユーザーが自由に操作できないようにし、我々が管理するようにしています。
AIとSlackで支える、投稿の信頼性設計
――SNSにはデマのリスクもありますが、モデレーション(投稿管理)の体制はどう構築されたのでしょうか。
隂山:裏側はこだわっています。社内のSlackで、投稿されたものをすべてAIで一次スクリーニングし、問題がありそうなものはSlackのチャンネルに飛んでくるようになっています。そこで人間による最終判断を下し、削除を押せば非表示処理ができます。
――削除された際、ユーザーへのフォローはどのようにしているのでしょうか。
隂山:Xの仕組みを参考にしました。非表示にするとプッシュ通知が飛び、通知欄に削除の通知と異議申し立て先の案内が表示されるフローにしています。
――信頼性の部分では、「認証バッジ」も用意されていますね。どのような基準で付与していますか。
隂山:公式アカウント、自治体向けバッジ、防災士バッジの3種類があります。前者2つは我々とある程度の関係値がある方に付与しています。防災士バッジは登録番号や認証状をアップロードしてもらい、メンバーが手動で確認して1〜2営業日で承認しています。
▲AI防災診断の画面。チャット形式で防災に関する質問が可能
――隂山さんご自身も防災士ですよね。AIチャットも防災士が監修しているとのことですが、隂山さんがチェックを?
隂山:はい。防災士になるための非常に分厚い教本があるのですが、それに基づいて、問題ないかを確認しています。
個人と法人のあいだの壁、広がり始めた連携の輪
信頼を一つずつ積み重ねてきたことは、連携先の広がりにもつながっています。
――今、いろいろな自治体や企業から連携の相談が来ていると思います。設立1年半、学生発のスタートアップに相談が来るのはすごいことですね。これはアプリの設計が呼び込んだものか、それともこれまでの実績がきっかけか、どちらだとお考えですか。
隂山:アプリのユニークさやプロダクトの設計を評価していただいていると思います。打ち合わせをしていて、最後に学生であることを伝えると、商談相手から驚かれることもあるんですよ。
――一方で、連携する上で壁になった部分はありますか。
隂山:明確にあります。最初は学生団体として個人のデベロッパー登録をしていたので、法人格がなく、契約の段階で個人とは契約できないという壁がありました。今は起業して会社が運営する形にしたので、その壁は突破しました。自治体相手では特に法人契約でないと難しく、法人化してからは相談の質も量も非常に変わりました。
――「一般社団法人 日本消防防災UNITE機構」ともパートナーシップを結ばれていますね。
隂山:いろいろな防災イベントを実施している大きな団体で、代表の方からDMをいただいたのがきっかけです。一番大きいのは、我々のアプリにあるデジタルスタンプラリーなどの機能を、イベントで活用していただくという連携です。民間企業を含めた導入を進めていて、すでに2案件ほど控えています。
『Yahoo!防災速報』『特務機関NERV防災』と戦わない――「備えのアプリ」が描くマネタイズと未来
――『Yahoo!防災速報』や『特務機関NERV防災』といった強力な競合がいる中で、どう棲み分けを考えていますか。
隂山:『防災me』は「備えのアプリ」だという点です。災害が起こる前に入れておく、お守りのような存在にしたい。学生が作っているので、若い層に使ってもらいたいというのもあります。マネタイズとしては、サステナビリティに関心のある企業や防災メーカーが広告を出したくなる形を目指しています。Yahoo!さんとも話をしたことがありますが、防災は競合というより、みんなで良くしていく、いわばヒーロー的な存在と思っているんですよ。
――「みんなで良くしていく」というお話がありましたが、マネタイズの面でも同じような考え方はありますか。
隂山:資金調達やM&Aを目指すスタートアップの経営者と話す機会もあるんですが、自分としては、変にマネタイズを急いでアプリの価値を下げるようなことはしたくないと思っています。まずはヒーローになるため、良いものを作っていきたいです。
現状はオファーウォールを入れてマネタイズしていますが、ランキング機能でポイントを競う仕組みがあるので、予想以上に使ってくださる方がいます。また、ダウンロード数はもっと増やしたいところですが、防災系のイベント等に出ないと増えないフェーズなので、今後も大阪など全国のイベントで広めていく予定です。
有事の速報を競合に委ね、ユーザーを危険にさらしかねない機能をあえて見送り、法人化という手続きを経てまで信頼を一つずつ積み重ねてきた――そうした判断の端々からは、原体験に根ざした「人の役に立ちたい」という一貫した姿勢が見えてきます。
資金調達やM&Aを急がず、隂山氏自身が「ヒーローになりたい」と語る言葉にも、その姿勢は表れています。今後は自治体・企業向けの安否確認機能なども検討中だといい、『防災me』は備えを日常に組み込む実験を続けていく構えです。
【お知らせ】
記事中でご紹介したデジタルスタンプラリー機能は、QRコードを会場に貼るだけで導入できる手軽さが特長です。防災啓発イベントでの活用に関心のある方は、『防災me』公式サイトからお問い合わせください。
問い合わせ先:https://bousai.me/contact
Yappe株式会社