App Growth Annual Tokyo 2026(RAGA)のGlobal Trackには、世界の主要アプリを成長させてきた実践者たちが登壇。
前編では、AI英会話アプリ『スピーク』、スクリーンタイム管理アプリ『Opal』、バルセロナ発のプロダクトカンパニー・Leadtech Group——成長フェーズも事業モデルも異なる3社のセッションをレポート。
1つの市場でPMFを掴み世界へ広げる戦略、ハードペイウォールからフリーミアムへ舵を切る決断、そしてM&Aの先に描く価値の創り方。世界の現場から、日本のプロダクトにそのまま持ち帰れる視点をお届けします。
【レポート】App Growth Annual Tokyo 2026 Global Track 前編|PMF・ペイウォール・M&A――世界で勝ち抜くための戦略論
セッション1|1つのマーケットから$100M ARRのユニコーン企業へ:AI英会話スピークのプレイブック(SPEAK)
サンフランシスコ発のAI英会話アプリ『スピーク』で日本統括を務めるヤン氏が登壇。同社は韓国でPMF(プロダクトマーケットフィット)を達成後、2022年に日本へ上陸し、現在は40カ国以上で展開、累計1,500万ダウンロードを突破しています。
本セッションでは、その転換点で得た学びと、ブランドもパフォーマンスもすべて「獲得」に束ねる実践論が語られました。
登壇者プロフィール
PMF期の「短期戦略」は、スケール期の足かせになる
韓国でPMFを達成する過程で実施していたのは、最大70%オフのディスカウント、数時間限定のタイムセール、買い切り型のライフタイムプラン、季節キャンペーンといった短期コンバージョン重視の施策でした。
ヤン氏はこれらを「短期成長のためには避けられないが、長期的には成長を妨げる諸刃の剣」と位置づけます。サブスクリプションモデルと相性の悪い買い切りプランや、売上の季節変動を生むキャンペーンは、事業計画の読みにくさにも直結したと振り返ります。
2022年の日本上陸時には、この教訓をもとに「Day1から長期戦略に舵を切る」と決めていたそう。短期施策に頼らずにどう事業をスケールさせるかが最大の課題であり、その答えの中心に据えたのが「顧客からの信頼」でした。
▲ヤン・キンジュシェンコ氏(SPEAK スピークジャパン 日本統括)
ブランドもパフォーマンスも、すべては「獲得」のために
ヤン氏が繰り返し強調したのは、「ブランドとパフォーマンスを対立軸で考えるべきではない」という考え方。テレビCMもインフルエンサー施策も、最終的には獲得にどう接続するかを常に問う、というスタンスです。
ペイド広告では、メディア側で細かいオーディエンス設定を行うのではなく、ブロードターゲティング×クリエイティブでターゲティングする方針を採用。月100本規模のクリエイティブを回し、「インプレッションあたりのインストール数(IPM)」などの指標で初期評価を行い、投資配分を決めています。クリエイティブに関わるインハウスメンバーはわずか3名ながら、このスピードを実現しているといいます。
インフルエンサー施策も代理店を介さずインハウスで直接交渉。人選はフォロワー数ではなく、直近のエンゲージメント率と「自社が狙うオーディエンスとのオーバーラップ率」で判断します。
ブランド施策においても「ブランド投資だから効果測定は曖昧でいい」という文化は認めず、MMM、インクリメンタリティテスト、CM放送直後の検索・インストール数分析、認知調査など、複数の手法を組み合わせて厳密に測定しているとのことでした。
▲ヤン・キンジュシェンコ氏(SPEAK スピークジャパン 日本統括)
信頼構築はクロスファンクションでしか実現できない
海外資本のサービスが日本市場で信頼を得るのは容易ではありません。ヤン氏は「信頼を得るのは難しいが、失うのは簡単」と語り、だからこそマーケティング単独で完結させず、プロダクト・CS・ローカライズ・マーケティングの各チームが役割を分担するクロスファンクション体制が欠かせないと強調します。
日本市場特有のニーズに合わせた機能設計、ネイティブ水準のサポート、コンテンツとアプリ両面のローカライズ——どれか一つでも欠ければ信頼は築けません。
日本・韓国で培ったノウハウを土台に、台湾をはじめ40カ国超へ展開を進める『スピーク』。短期の勝ちパターンに依存せず、信頼を軸にすべてのチャネルを獲得へ束ねる姿勢こそが、グローバルスケールを支える本質的なエンジンといえそうです。
セッション2|$10M ARRから100万DAUへ:ペイウォールの先にある成長を切り拓く(Opal)
続いて登壇したのは、スクリーンタイム管理・集中力向上アプリ『Opal』の共同創業者兼CEO、ケネス・シュレンカー氏。同社はわずか11人のチームでハードペイウォール(完全有料モデル)のままARR1,000万ドルに到達後、フリーミアムへの大胆な転換によってDAU100万人を突破し、新たな成長曲線を描いています。
本セッションでは、ペイウォールの先にある成長を切り拓く本質について語られました。
登壇者プロフィール
Opal(opal.so)創業者兼CEO。集中力向上とスクリーンタイム管理を支援するアプリを展開し、ユーザーの累計フォーカス時間は3億時間を突破。Adjacent、Speedinvestのほか、Duolingo、Pinterest、Mistralの創業者らから資金調達を実施。「テクノロジーと人間のウェルビーイングの調和」をミッションに事業を拡大中。過去にはオンラインアートマーケットプレイスArtListを創業し、1億ドル規模の在庫を掲載、artnet(FRA: ART)へ売却。GoogleではMaps、YouTube、AdWordsのプロダクトおよびデータ領域を担当。
ペイウォールを外す決断――有料比率20%→9%でも、収益は伸び続けた
Opalは創業から2年、わずか11人のチームでハードペイウォールのままARR1,000万ドルに到達しましたが、直後にユーザー数の成長が頭打ちに。ケネス氏はペイウォールを"成長の壁"と捉え、フリーミアムへと舵を切ります。
結果、有料ユーザー比率は約20%から約9%へと半減。一見すると恐ろしい数字ですが、分母となる総ユーザー数が爆発的に拡大したことで、収益は伸び続けました。さらにオーガニック経由の収益比率は約40%から60%超へと上昇。無料ユーザーが自発的にシェアする"流通チャネル"となり、DAUは転換前のフラットな軌道から力強い成長曲線へと変わったのです。
ケネス氏が示したフリーミアム成功の判定基準はシンプル。「無料ユーザーがアプリを人に勧めているか?」――答えがNoなら、もっと無料で提供せよ、というわけです。
積み上がる唯一の資産は「リテンション」
広告も収益化手法も新機能も重要ですが、シュレンカー氏が「積み上がる唯一の資産」と断言したのがリテンション。ユーザーが戻ってくるかどうか以外に、価値を証明する手段はないといいます。
『Opal』の2023年・2024年・2025年の月次コホートを比較すると、リテンション曲線は年々高く、他アプリの公開データと比較しても上回る水準を実現しており、毎週のプロダクト改善と日々数百件規模のテストを積み重ねた成果だといいます。
フリーミアム転換が奏功した背景には、このリテンション基盤があったこと。さらに無料開放によって新たに獲得できたのが学生層で、現在アクティブユーザーの約2/3を占めるまでに成長。
自らの意思でスクリーンタイムを見直そうとするZ世代が、長期的な成長エンジンになっています。
勝つAIは、ユーザーを勝たせるAI――チームとブランドがその土台
「AIがすべての消費者向けアプリを飲み込む」という言説にも、ケネス氏は異を唱えます。勝つAIとは、ユーザーが本来求めていたゴールに、より早く、よりシームレスに到達させるAI。ビジネス側だけが得をするAIは、やがてユーザーに見放されると考えを示しました。『Opal』のユーザーが平均1日1時間23分のスクリーンタイムを削減できている事実こそが、この考え方の裏付けです。
そしてその土台にあるのがチームとブランド。Opalの現在26名のメンバー全員がミッションに共感し、ブランドを構成する"センス・一貫性・思いやり"を各自が担っています。
▲ケネス・シュレンカー氏(Opal 共同創業者 兼 CEO)
Opalという社名そのものも、この思想の表れです。常に電気を発するスマートフォンの対極として、冷たく鉱物的で、世界で最も希少な宝石のひとつに由来。ユーザーの集中時間もまた、それと同じくらい希少で貴重なものだというメッセージが、プロダクトの隅々に宿っています。
セッションの最後、ケネス氏は会場にこう呼びかけました。「あなたの製品を必要としている人は、世界中にたくさんいる。ユーザーの時間に報いるものを作ってほしい」。
フリーミアム転換そのものが成長を生むのではなく、チーム・ブランド・リテンションという土台があってこそ、無料開放は"爆発的な流通装置"として機能する――自社の土台は十分に積み上がっているか。Opalの歩みは、日本のマーケターにとっても問い直す価値のある視点を示しています。
セッション3|M&Aに対する私たちの考え方:ディールの先にある価値(Leadtech Group)
続いて登壇したのは、バルセロナ発のプロダクトカンパニー・Leadtech Groupでサブスクリプション事業のCEOを務めるディエゴ・ディアス氏。同社は創業から20年、自社でプロダクトを作り続け、現在は多様なサブスクリプションアプリのポートフォリオをグローバルに展開しています。
本セッションでは、同社が実践する独自のM&Aアプローチと、ディールの先に提供する価値について語られました。
登壇者プロフィール
デジタルB2Cプロダクトおよびモバイルアプリ領域を専門とするプロダクトリーダー。ゲームスタジオを創業し、プロダクト開発および事業運営を経験。その後、フリーミアムモデルで多数のモバイルアプリ・ゲームを展開する企業にて、サブスクリプション設計および広告マネタイズ戦略を推進。大規模ポートフォリオの運営を通じて、収益最大化とスケール戦略に従事。現在は、情熱とオーナーシップを重視したチームづくりと、持続的に成長するプロダクト開発をリードしている。
M&Aは「才能」を獲得する機会──創業者と共に作り続けるために
Leadtech Groupが企業の買収において重視しているのは、売上やEBITDA(Earnings before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization,利払い前・税引き前・減価償却前利益)といった金融的指標ではありません。
「優れたプロダクトの裏には、必ず優れたチームがある」という信念のもと、M&Aを"才能の源泉"として位置づけている点が同社最大の特徴です。だからこそ、買収後に創業者がリタイアしてビーチで過ごすような関係ではなく、同社が培ってきた成長フレームワークを共有しながら、創業者と共にプロダクトづくりを楽しみ続けるパートナーシップを目指しているといいます。
「AI時代において、AI主導で動けるチームであることは、もはや選択肢ではなく必須条件である」とディアス氏。成長が伸び悩んでいる創業者にこそ、同社のM&Aが次のステージへの後押しになると語りました。
▲ディエゴ・ディアス氏(Leadtech Group CEO サブスクリプション事業)
アプリビジネスは単純、難しいのは「実行」
ディアス氏はアプリビジネスの本質を「プロダクトを作り、ユーザーを獲得し、マネタイズする」という3要素に整理。「LTVがCPAを上回るか」「投資回収期間はどれだけか」という問いに答えられれば、ビジネスは成立すると語ります。
しかし現実には、月10万ドルを超える収益を生むアプリは、ストア全体のわずか0.0001%ほど。複雑さが集中するのは、どのニッチで、どのチャネルで、どのモデルで展開するかという「実行」の部分。
市場にはスケールしやすいニッチとそうでないニッチがあり、戦う場所の選定が成否を分けると強調します。AI時代においては、「作ること」より「何を作るか」の見極めこそが重要だと指摘しました。
▲ディエゴ・ディアス氏(Leadtech Group CEO サブスクリプション事業)
買収後に提供する価値:市場調査とシグナルエンジニアリング
AIの進化により、コード開発やLP作成といった構築フェーズは急速にコモディティ化しています。そのためLeadtech Groupでは、リソースを「何を作るか」を見極める市場調査と、成長を支えるマーケティングに集中する方針を取っているとのこと。
特に印象的だったのが、同社の主力アプリ『AI Cleaner』の事例。当初Metaで成果が出ず、「このネットワークはプロダクトに合わない」と判断しかけたものの、広告ネットワークに送るイベントをサブスク購入だけでなくユーザー行動や予測LTVまで含めた精緻なシグナルへと改良したところ、一気にポートフォリオ最大のアプリへと成長したそうです。
ディアス氏は「もう一度試さなければ、今の我々は存在しなかった」と振り返ります。ここから得られる学びは、「このネットワークは自社に合わない」という判断は多くの場合誤りであるということ。原因はネットワーク側ではなく、送信するシグナルの設計にあるケースが多いのです。
ただし、シグナルエンジニアリング(広告ネットワークに送るイベントやシグナルを設計・最適化する取り組み)には相応のテスト費用が必要で、個人開発者や小規模チームには踏み込みにくい領域でもあります。
「シグナルエンジニアリングへの投資を私たちは担える」―ディアス氏のこの一言こそ、同社のM&Aが"ディールの先"にもたらす価値を端的に示すものでした。
Yan Kindyushenko|ヤン・キンジュシェンコ氏(SPEAK スピークジャパン 日本統括)
東京大学卒業後、DeNAでモバイルゲームのマーケティングおよび海外展開を担当。その後、アマゾンで急成長中の広告部門で活躍し、アレクサの日本ローンチ及びプライムビデオのマーケティングを推進。Meta(Facebook Japan)でBtoBのマーケティングをリード。2022年よりAI英会話アプリ「スピーク」を展開するスピークに参画し、日本統括として事業拡大を牽引している。