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  • 定量CRMだけでは、心は動かせない——アガットに学ぶ、実店舗ブランドのアプリ・データ戦略

ジュエリーブランド「agete(アガット)」を展開する株式会社エーアンドエス。全国に60店舗以上を抱え、実店舗を強みとする同ブランドが、アプリとデータをどう成長の武器に変えているのか。CRM・アプリ・分析を統括する飯塚氏に、分析の設計思想とその基盤、店舗を巻き込む実装、そしてリテールにおけるアプリの未来像を聞きました。

飯塚 泰輔 氏
株式会社エーアンドエス
管理統括部 マーケティング課 課長

2021年11月にサザビーリーグ エーアンドエスカンパニーに入社。前職ではアパレル企業で営業、DB、卸売り、数値関連、EC等幅広い業務を経験。入社後は営業部門を経て、ECに移動、その後新設されたCRM課の責任者、マーケティング課の責任者、現在はマーケティング部 デジタル2課の責任者として、顧客データの分析や施策の立案など、マーケティング領域全般を担当。

エーアンドエスが展開するジュエリーブランド「アガット」は、1990年のデビュー以来、コンテンポラリーから古き良き時代のジュエリーまで、素材や国にとらわれないミックス感あふれるデザインを提案。2025年にブランド生誕35年を迎えました。

公式アプリでは、店舗・ブランドの最新情報配信、会員証、クーポン、スタッフのスタイリング、アイテム検索などを備えています。

iOS / Android

「店舗ありきのアプリ」と、心を動かすCRM

ーー飯塚さんは現在、どのような役割を担っていますか?

飯塚氏:CRM、アプリ、データ分析を横断する領域を担当しています。お客様の声を集める一次情報の取得から、顧客理解を深めるためのAIを活用した取り組み、社内向けのレポーティングまで、デジタルを起点とした取り組みを幅広く統括しています。

ーーアガットのアプリは、ブランドの中でどのような役割を担っているのでしょうか?

飯塚氏:弊社の場合、もともと店舗がいま国内に60店舗以上あって、35年続くブランドで、店舗がすごく強いんですよね。なので、アプリの一番の役割は、店舗とデジタルの領域をつなぐ「ハブ」だと考えています。

アプリ起点で動かすというよりは、お店があって、ファンになって、アプリも使ってもらって、そこに店舗のニュースが届く、というサイクルなんです。「店舗ありきのアプリ」というのが大前提になっています。

▲アガットのアプリが担う役割

▲アガットのアプリが担う役割

ーーCRMは、どのような考え方で設計されているのでしょうか?

飯塚氏:既存のCRMは、基本的に定量データをベースにしていますが、私は正直ナンセンスだと思っているんです。お客様が動く瞬間は、数字で決まるわけではないので。

たとえば、ゲームアプリがユーザーに対し、30日後に「おかえりなさい」とアイテムを送る。そうした機械的なロジックが、CRMでもよく使われています。でも、F2(2回目購入)転換までの中央値が60日だからといって、60日後にクーポンを送ればお客様が商品を購入してくれるかというと、そうではないんですよね。

私たちが扱うジュエリーというのは「非合理」な商材です。日数の経過で買うかどうかが決まるのではなく、心が動いたときに買うものなので。プロダクトや接客にお客様の心が動き、そうした体験が設計されて初めて変容が起きる。そこから購入頻度が増え、ブランドのファンになっていきます。この一連のプロセスは、定量データだけでは捉えきれないんです。

だからこそ、アガットでは定量的な情報や行動データに定性的な情報、お客様の声を組み合わせるべきだと考え、今は定性データの取得に注力しています。

徹底的な定量分析が、すべての出発点

ーー定性を組み合わせるという話がありましたが、まずは定量分析についてどのように行っているのか教えてください。

飯塚氏:定性に注力していると話しましたが、前提として定量データの分析は徹底的にやっています。もともと弊社は、CRMがあまり強化されていない会社だったんです。私が2021年に入社して、2022年頃から少しずつ分析を始め、2023年頃にBIが形になってきました。

それまではExcelで管理していたのですが、Excelだとそもそも掘り下げきれないんですよね。時間をかければできることもありますが、見たいデータを深掘りすること自体ができない。そもそも、データ分析はアクションを起こすための手段であって、分析すること自体が目的ではない。 分析に時間をかけることには意味はないんです。だからこそ、まずは定量を多面的に見られる基盤を整えるところから始めました。

ーー具体的に、どのようなダッシュボードを作っているのですか?

飯塚氏:会員ベースのLTVや、新規・既存会員の動向、メルマガ会員の状況といった一般的な指標は当然見ています。そのうえで強化しているのは、会員のランク単位で丸めて見ないということです。

たとえば、一番下のシルバーランクの会員について、「新規」と「既存」を切り分けて表示するダッシュボードを作りました。同じランクの中でも、会員登録してまだ買っていない人と、一度でも買った人ではまったく状態が違うので。意外と、そこを分けて見ていない企業は多いと思うんです。

▲実際のダッシュボード画面(シルバーランクの新規/既存切り分け) 提供:エーアンドエス

▲実際のダッシュボード画面(シルバーランクの新規/既存切り分け) 提供:エーアンドエス

ほかには、F2転換に寄与する商材の特定、併買されている商品を可視化するバスケット分析、店舗ごとの会員構成比など、購買の構造を解きほぐすダッシュボードを用意しています。

ーーアガットが多様なダッシュボードを構築できている背景には、何があるのでしょうか?

飯塚氏:弊社にはアウルズケープというBtoB事業の会社があり、そのチームと連動して、自分たちが欲しい機能を開発してもらえる体制があります。

なかでも重視しているのが、施策後の「変容」を追跡する画面です。これは施策対象となった会員IDを読み込ませると、その顧客が施策後にどう推移したかを期間を絞って確認できる仕組みになっています。

ーなぜ、施策後の「変容」を追跡する画面を重視しているのでしょうか?

飯塚氏:一般的に、「施策を行っているその時のインパクトはこうでした」と報告されていると思いますが、でも、それは施策実施時の一時的な変化を見ているにすぎないんですよね。

本来は、もっと長い期間でその人たちがどう変容していくか、どう推移しているかを注視するべきだと考えています。それがLTVを追いかけるということだと思うので、そこが見えるダッシュボードを作っています。

ーー分析を進めるなかで、発見はありましたか?

飯塚氏:アプリの行動データを掛け合わせて分析していて気づいたのは、「12ヶ月連続でアプリを見ているお客様」が、必ずしも「たくさん買う人」とイコールではないということです。

12ヶ月連続で見ているお客様はもちろんいらっしゃるんですが、購買回数で割り返してみると、6ヶ月の方とそんなに差がなかったりする。これは私たちにとっても意外な事実でした。

リテールの世界ではMAUを上げる、毎月見てもらうことを目標に置きがちなのですが、それが本当に正解なのかと。毎月見てもらうことよりも、「お客様が見たいと思ったときに最適な情報が届くこと」「好きな店舗の情報がちゃんと届くこと」のほうが大事なのかもしれない、ということが見えてきたのは大きかったですね。

ーーそうした分析を続けていくと、お客様との関係性についても見えてくるものがありそうですね。

飯塚氏:ブランドのファンになってもらうのが大前提ですが、対人で考えたとき、最終的にはお客様は人を好きになるんですよね。

ファッションの領域では特にそうで、お客様が「この販売員さんから買いたい」と思うようになると、仮にそのスタッフが別の店舗に異動したら、そちらの店舗に通うようになる。それくらい、人への愛着は強い。だから、抗うよりも、人を好きになっていただくことを大事にしようと考えています。

実際に、担当者ごとの売上を分析すると、特定の販売員に紐づいて購入してくださっているお客様が確実にいらっしゃるんです。MAUの数字には表れにくいけれど、店舗で決まったスタッフから買い続けてくださっている方が一定数いる。そういう関係性こそ、リテールならではの強みだと感じています。

『リアルなコーディネートが見たい』——定性データを起点にしたアプリ改善

ーーアガットが注力する定性データとは、具体的にどのような情報なのでしょうか?

飯塚氏:アンケートを通じて取得している、お客様の趣味や思考といった情報です。

ーー取得した定性データから生まれた施策について、教えてください。

飯塚氏:代表的な事例の1つが、アプリ上で公開している店舗スタッフのスタイリングです。

きっかけは、アンケートで「もっとリアルなコーディネートが見たい」という声がすごく多かったことでした。当時、ECサイトの写真は海外のモデルさんがつけていて、スタイリングコンテンツも本部スタッフのものでした。

でも、本当にお客様が見たいのは、店舗で実際に接客しているスタッフのリアルな着こなしなんだろうな、と。

店舗スタッフが投稿できる環境がなかったので、もともと使っていた機能をAPI連携でアプリ側につなぎ、スタッフが直接スタイリングを投稿できるスキームを組みました。今は店舗スタッフが普段の服装やネイルまで含めて公開できるようになっていて、リアルだからこそお客様にとって参考にしやすいコンテンツになっています。

▲店舗スタッフによるスタイリングが見られる「スタイリングタブ」

▲店舗スタッフによるスタイリングが見られる「スタイリングタブ」

ーーほかにも、お客様の声から生まれた改善はありますか?

飯塚氏:アプリのページ速度です。「商品ページの表示が遅い」という声も多く寄せられていたので、もともとECで使っていたSaaSのツールをアプリ側に連携することで、コストを大きくかけずに改善しました。

お客様の声から見えた課題には、できるところからすぐに手を打つ。スピード感を持ってアクションを積み重ねていくことが、定性データを扱う上で大事にしていることです。

ーー定性データの活用は、今後どのように発展させていきますか?

飯塚氏:定性、定量、Web行動データを紐づけて、AIエージェントでお客様のペルソナを生成しており、今後、このペルソナをメルマガや広告などの配信に活用していこうと考えています。

一般的に「MAでのパーソナライズ」と言われるものは、定量データをもとに分類しているので、実態としてはセグメンテーションに近いんですよね。そこに定性的な情報を掛け合わせることで、本当の意味でのパーソナライズに昇華させたいと考えています。

【関連記事】定性データを起点としたCRM戦略については、2025年12月の「MOBILE STARS Christmas 2025」のレポート記事も参照ください。アンケートツールを活用した定性データ収集、ペルソナを部署横断の「共通言語」として活用する取り組みなど、本記事と関連する具体事例が紹介されています。

【レポート】A&S × タカラトミー登壇、限られた接点でどう顧客の心を掴むのか(MOBILE STARS)前編

属人化の解消と、AIエージェントという次の一手

ーーペルソナ生成以外にも、AIを活用した取り組みはあるのでしょうか?

飯塚氏:現在は全社横断的にAIを使った取り組みを進めています。

目指しているのは、BIツールを操作しなくても、自然言語で「今、何が起きているか」が分かる状態です。エージェントの裏側にデータを紐づけておいて、問いかければ答えが返ってくる環境を整えたいと考えています。

そもそも、人がやる「作業」で属人化しているものは、人がやる必要がないと思っているんです。属人化していること自体が悪いわけではありません。AIがなくなったとき、人ならではのスペシャリティはとても大事になる。誰かしかできないものがあっていいんです。

でも、それが「作業」だったとしたら価値が低いと思うんですよね。AIでできるなら、その作業はAIでやればいい。もっと、人にしかできない領域に時間を使うべきだと考えています。

ーーほかにも、社内でAI活用を進めていることはありますか?

飯塚氏:はい、最近では、ECのキャプションやLPの文言など、ブランドのトンマナに関わる領域です。トンマナはブランドにとって非常に大事な要素ですが、社内で共通言語化するのが難しく、属人化しやすい領域でもあります。それをエージェント化して、ある程度トンマナに沿ったLPのHTMLを出力できるようにしようと進めています。

ECチームは「コンテンツを増やしたい」、ブランドチームは「トンマナを守りたい」。両者の折り合いがつかない部分を、AIエージェントを介して埋められるんじゃないかと考えています。

情報が散在する時代に、アプリが持つ意味

ーー今後、リテールにおけるアプリの位置づけはどうなっていくと考えていますか?

飯塚氏:これからの時代、アプリの立ち位置はすごく重要になると考えています。

ジュエリーを探しているお客様がAIで検索したとしても、Web検索で調べたとしても、アガットの情報だけでなく、比較対象として他のブランドの情報も並びます。ブランドサイトには容易にたどり着けますが、他のページにすぐ移動できてしまいます。

メールの場合、お客様のメールボックスには、私たちがブランドの世界観を込めて作成したメールマガジンの前後に無関係な情報が並びます。ときめくような商品の情報の次に、現実に戻すようなクレジットカードの引き落とし通知が並ぶこともあるでしょう。

その点、アプリは「没入させる」ためのものだと思っているんです。わざわざアプリを入れているということは、もう完全にブランドのファンなんですよね

各チャネルのユーザー体験比較

▲各チャネルのユーザー体験比較

ーーアプリユーザーがブランドのファンだということが、施策の成果として表れた事例はありますか?

飯塚氏:あるキャンペーンで、「メルマガを受信するアクティブユーザー」と「アプリのアクティブユーザー」のそれぞれに配信したことがあります。結果、最も実績が良かったのは、アプリユーザーでプッシュ通知をオンにしている層でした。

アプリを使ってくださっているお客様は、ブランドの体験を大事にしてくださっている方たちです。没入できる環境だからこそ使ってくださっている、ブランドのファンなんですよね。

そういうファンの方に楽しんでいただくための環境設計は、リテール業界全体ではまだあまり投資されていないんじゃないかと感じています。これからは情報が散在していく時代だからこそ、アプリの価値は大きい。アプリは、お客様の邪魔をしない体験ですから。

ーーアガットにとって、デジタルと店舗の関係は今後どうあるべきと考えますか?

飯塚氏:もはや、店舗と売上を分ける意味はあまりないと思っています。OMOというよりも、「お客様が望んだ場所でいい体験ができるように、そのハブとなるものを用意しておく」感覚に近いです。

無理に相互送客するのではなく、ずっと店舗で買ってくださってもいい。デジタルも活用していただいてもいいし、デジタルから店舗に来ていただいてもいい。ECでそのまま買っていただくのもいい。お客様がどの場所を選んでも良い体験ができる環境設計を整えるのが、一番いいのではないかと考えています。


ーー本日はありがとうございました。

まとめ

店舗・EC・アプリが連動し、お客様がどの場所を選んでも良い体験ができる環境を整える。徹底した定量分析の上にお客様の声を掛け合わせ、属人化していた作業はAIに任せ、人にしかできない領域に時間を使う。

リテールアプリのグロースに向き合うマーケターにとって、アガットの取り組みは自社のアプリとデータ戦略を見つめ直すヒントになるはずです。

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