小売店の売り場などを通じて商品を届けてきた食品メーカーが、消費者と直接つながる手段を探し始めています。
お茶づけ海苔やふりかけでおなじみの株式会社永谷園が、公式アプリ『だんらんプログラム』を2026年5月にリリースしたのもその一例。感謝と日本文化への想いを土台に置き、ポイントの引き換え先を自社商品にとどめないなど、顧客との関係構築を見据えた設計が特徴です。
このような発想はどこから生まれたのか、本記事ではアプリ導入の狙いから報酬設計、データの扱い方、業界を超えた将来展望までを株式会社永谷園の小山 純平氏に聞きました。
ポイント還元に限定しないわけ――永谷園『だんらんプログラム』に見る体験型ロイヤルティ設計
今回お話を伺った方
▼『だんらんプログラム』とは
株式会社永谷園の公式アプリ。レシート投稿によるランクプログラムやデジタル上で東海道五拾三次カードがもらえるガチャ、レシピや新商品の開発秘話などを掲載したコラムなどの機能を搭載している。
公式サイト:https://www.nagatanien.co.jp/app/
顧客との新たな接点作り:永谷園が「自社アプリ」を選んだ理由
画像提供:株式会社永谷園
これまで、小売・量販チャネルを軸に事業を展開してきた株式会社永谷園。あえて今、公式アプリのリリースを決断した背景には何があるのでしょうか。
「我々の商品は、多くのお取引先のご尽力をもってお客様の手に渡っているため、小売・量販店の皆様が軸であることはアプリリリース後も変わりません」と小山氏はまず前置きします。
それでも、人口減少と食卓の変化による国内市場の縮小と競合との差別化の困難さは、同社を含めた多くの食品メーカーの課題となっており、対応が必要な局面に来ているとのこと。
この状況を乗り越えるカギとして同社が見いだしたのが、顧客とのつながりを深めることでした。「もっとお客様とつながりたい」「永谷園の商品や企業の取り組みを知ってもらいたい」——その思いを起点に、顧客と接点を持つ方法を模索。コミュニケーション手段として複数が候補に挙がる中、自由度や経済合理性などの観点から、「現時点ではアプリが最も適している」と判断したそうです。
アプリには、別の狙いもあります。
レシート投稿機能を組み込み、流通チャネル経由では得られない個人IDに紐付けられた購買履歴データ(ID-POS)を直接取得。「誰が・いつ・何を・何と一緒に買ったか」を個別に追跡し、マーケティングに活かすことです。
蓄積したデータは、商品開発にもつながります。「お客様と商品を共創していくことも、今後の視野に入れています」と小山氏は述べました。
「おかげさまポイント」が体現する永谷園の思想
画像提供:株式会社永谷園
『だんらんプログラム』には、永谷園の商品を含むレシートを撮影して投稿すると「おかげさまポイント」が貯まり、特典と交換できるシステムが用意されています。
特典は、株式会社永谷園ホールディングスのグループ会社商品から、歌舞伎などの日本文化を体験できるチケットまで、ランクに応じてさまざまです。
貯まったポイントの引き換え先を自社商品に限らず、日本文化を体験できるチケットまで広げたのはなぜなのでしょうか。この問いに対し小山氏は、「企業としての想い」が背景にあると述べます。
株式会社永谷園の想い
①お客様に感謝を伝えたい
②日本の食文化をはじめとして、日本がもつ文化的コンテンツの魅力を広めたい
③日本の食卓における「だんらん」や、永谷園と永谷園ファンの皆様との「だんらん」を守りたい
この想いを踏まえ、アプリとしてお客様に還元する報酬は「温かみのあるもの」であることが外せないポイントだと考えたそうです。
「私たち永谷園が今この世に存在しているのは、お客様とのつながりがあればこそ」と、小山氏。その感謝の想いが、このような設計につながっています。
顧客に対する感謝の気持ちは、ポイントの名称からも見てとれます。
『だんらんプログラム』のポイント名称は「おかげさまポイント」。この名前に、おトクさで釣るのではなく、「おかげさま」という感謝の精神でつながる思想が表れているといえるでしょう。
「おかげさまポイント」を通じて顧客に素敵な体験を還元し、本アプリで永谷園ファンと永谷園が「だんらん」できる温かいつながりを構築する。それが永谷園の目指す、顧客との関係性です。
若い世代への発信を特に意識しており、本アプリを通じてお茶づけ、永谷園商品のみならず、日本食・日本文化が持つ魅力を同社が代表する気持ちだと、小山氏は語りました。
昭和のおまけがアプリを毎日起動する理由に
▲1日1回、「東海道五拾三次カード」がもらえるデジタルガチャが引ける
日本文化の持つ魅力を発信するうえで永谷園がこだわったのが、「東海道五拾三次カード」をアプリに組み込んだ点です。
画像提供:株式会社永谷園
「東海道五拾三次カード」は、永谷園がお茶づけ商品に60年以上前から封入してきたカードです。多くのファンに長年親しまれてきましたが、2025年12月末の生産分をもって封入が終了しました。
『だんらんプログラム』では、このカードがアプリ搭載のデジタルガチャとして復活。アナログカード時代、「どのカードが入っているんだろう」と顧客にワクワクしながら開封してもらっていたのと同様、アプリでも「今日はどのカードが出るだろう」と楽しんでもらえるよう、ログインボーナスとデジタルカードガチャという形で設計しています。今後、さまざまなシリーズを追加していく予定です。
購入よりも前に顧客との接点を作る
デジタルカードとアナログカードで顧客に楽しんでもらいたいという思いは同じですが、異なる点もあります。それは、デジタルカードでは商品購入を前提とせず、アプリにログインするだけでガチャ券が獲得できることです。
このような設計には、カードをきっかけに顧客との接点を増やし、日常の中で永谷園を思い出してもらいたいという狙いがあります。
日頃の生活で、顧客が「永谷園」という会社・ブランドを想起する頻度はそれほど高くないと考えられます。この課題に対し、アプリを「購入のために開く場所」ではなく、「毎日開きたくなる場所」として設計し、その先に購買誘発を置くというモデルを選んでいます。
「商品購入の有無に関わらず、『とにかく起動すれば、ワクワクが待っている』とユーザーが感じる状態を目指しています。その先で、お客様が永谷園商品を購入してくれたらうれしいですね」と、小山氏はアプリに期待を込めます。
デジタル化が切り開く「だんらん」促進の新たな可能性
東海道五拾三次カードのデジタル化は、新しいタイアップや表現も可能にしました。
「従来とは異なる形で、より多くの方に日本文化の魅力を発信できる」と小山氏は手応えを口にします。
2026年8月14日まで予定しているサンリオキャラクターズのオリジナルカードの提供は、その象徴だといえるでしょう。幅広い世代の方に親しまれるキャラクターとのコラボレーションは、友人や親子、SNS上での会話を促し、「だんらん」を楽しむためのきっかけを作ります。
デジタル化された東海道五拾三次カードが、食卓を超えて会話をつなぐという新たな役割を果たす未来も遠くないかもしれません。
購買データ×アプリ体験で積み上げる顧客資産
レシート投稿機能から得られたデータを顧客マーケティングに活かすことも、永谷園がアプリを導入した目的のひとつです。
同社は、獲得データを「購買情報」と「アプリ活用情報」の二層に整理しています。
「購買情報」は、地域や年代・性別ごとに、商品購入頻度や同時購入されやすい商品などの情報を個人レベルで追跡できるID-POSデータです。
同社では、このデータを商品開発や顧客とのコミュニケーションといったマーケティング活動に活かしていく考えです。
「アプリ活用情報」では、顧客体験の改善を目的にMAUや月間のレシート登録数といった指標を追跡。「どのコンテンツがどの程度アプリ利用に寄与しているか」を検証し、コンテンツの取捨選択を進めています。
「何を買ったか」と「アプリをどう使っているか」という目的別にデータを捉えることが、次の打ち手へとつながります。
「会員数が積み上がった段階で、アプリ使用頻度の高いユーザーを招いた座談会など、顧客と直接コミュニケーションがとれるようなコミュニティの形成も構想している」と、小山氏。
今後のアップデートに合わせて、同社ではデータを多角的に活用していく予定です。
「仲間を増やす場所」へ:食品市場を盛り上げるアプリ構想
『だんらんプログラム』をリリースした現在、アプリを通じて実現したい中期目標として、小山氏は以下の3つを挙げます。
①アプリが日本の食卓を支える力になる(=自社事業に貢献する)
②アプリを通じて顧客に永谷園をより好きになってもらう(=顧客満足度を高める)
③アプリがさまざまなメーカーにとっての魅力的なプラットフォームとなり、仲間が増える(=多くのメーカーと一緒に日本の食品市場を盛り上げる)
顧客との関係性をどのように構築していくか、多くの企業が日々頭を悩ませています。
同社では、アプリ開発の着手にあたってさまざまな企業を訪問し、意見交換を重ねてきました。それを通じ、どの会社も確固たる答えのない中、ユーザーの反応を見ながら良いものを作ろうと試行錯誤を繰り返していることを実感したといいます。
『だんらんプログラム』は、今まさにスタート地点に立ったばかりです。それでもその構想から、企業が顧客とどう向き合うかが見えてきます。
ポイント還元にとどまらない体験を、購買誘発より先に関係構築を、自社を超えたつながりを。これらの方針は、アプリを使って企業が消費者との接点を模索する際のひとつの視座になり得るでしょう。
同じ課題に向き合う企業がいればぜひ一緒に食品業界を盛り上げていきたいと、小山氏は力強く語りました。
永谷園