株式会社Gakkenの幼児向け英語アプリ『こどもえいごずかん』に搭載された録音機能「きみのこえずかん」が、2026年4月、SNSのX(旧Twitter)で思いがけない形で拡散しました。子供の舌足らずな声や言い間違いを残せる育児記録ツールとして利用する投稿が相次ぎ、その結果、App Storeの『こども向け無料』カテゴリのランキング1位を獲得したのです。
そもそも「きみのこえずかん」は、発音練習用として作られた機能でした。しかしユーザーは、このアプリを使う過程で、「子供の声を記録する」というまったく別の価値を発見。親子で楽しめる愛らしいアプリとして認知が拡大していきました。
株式会社Gakkenは、ユーザーが「きみのこえずかん」の楽しみ方を共有している様子を認知してから、短期間でどのように公式施策を打ち出したのでしょうか。
プロダクト担当の宮崎励氏とプロモーション担当の浦山真市氏に、録音機能「きみのこえずかん」設計の背景や今回のバイラルに対する施策の意思決定、プロダクトが持つ価値の拡張について話を聞きました。
英語知育アプリ「こどもえいごずかん」が育児記録として大ヒット――株式会社Gakkenが出合った、想定外のバイラルと価値の拡張
お話を伺った方々
▼『こどもえいごずかん』とは?
250万部超のベストセラー絵本『0〜4さい こどもずかん 英語つき』をアプリ化した幼児向け英語知育アプリ。イラストをタップするだけで日本語・英語の発音が流れ、ミニゲームやアニメーションで遊びながら英単語に親しめる。録音機能「きみのこえずかん」では実際の子供の声でオリジナルの図鑑を作成・保存でき、英語の発音練習だけでなく子供の成長記録としても楽しまれている。
開発者が想定した用途を大きく超えた、ユーザーならではの楽しみ方
英語知育アプリ『こどもえいごずかん』は、250万部超のベストセラー書籍『0~4さい こどもずかん 英語つき』をアプリ化したものです。2022年のリニューアル時に追加された「きみのこえずかん」は、お手本の音声を聴いてから実際の声を録音し、図鑑の音声を子供の声に置き換えて楽しめる機能となっています。
この機能を設計した宮崎氏は、当初の狙いをこう明かします。
「2022年のリニューアルに際して、目玉機能がないと『リニューアルしたよ』って言いづらいなとは思っていたんです。そこで、英語の発音練習やシャドーイング、聞き直しで英語が上手になってほしいと願い、「きみのこえずかん」をリニューアルの核としました。ただ、開発の過程で、テストをしてくれた方のお子さんがキリンのボタンを押しているのに『お茶漬け』と答えたなんてこともあって(笑)。発音練習にはほど遠いですが、そういう面白い遊び方をいつか誰かが見つけてくれたらうれしいな、という期待もありました」
▲左:チーフディレクターの宮崎氏/右:シニアプロデューサーの浦山氏
ところが、今回の急速な認知拡大は、その「期待」をはるかに超えた反響だったと宮崎氏は言います。
「基本的に英語のアプリだと思っていたため、日本語を録音することに価値があるとはあまり考えていませんでした。2022年から4~5年、なかなか思ったように跳ねなかったアプリに急に注目が集まり、本当に驚いたというのが正直なところです」
プロモーションを担当する浦山氏も、この現象を「想定外」という言葉で表現します。
「『きみのこえずかん』が持っている機能と、それらの機能がお客様に与える提供価値の整理はしていたんですよ。そこで、このアプリは多機能な点を世間に理解されていないんじゃないかという課題を感じてはいました。ただ、今回のお客様の動きは想定外で、プロモーションに携わってきた人間として、改めて勉強させられた気持ちです。これって100円グッズが本来とは違う使われ方で人気商品になる現象と少し似ていますよね。本来の使い方でなくても、工夫次第でもっと面白くなることを、お客様に見つけてもらったかたちです。本当に、完全に想定外でした」
バイラルを知ったきっかけは「社内の口コミ」だった
2026年4月初頭、一般ユーザーによる「#きみのこえずかん」の投稿がX上に広がり始めました。ただ、最初にそのSNS上の動きを察知したのは、公式アカウント「学研の絵本」のX担当者である宮崎氏自身ではなかったといいます。
「ある日、別の編集部の同僚から社内チャットで『このアプリの担当は誰ですか?』と連絡が来て、『Xで話題になっているのを見て子供の声を録音したところ、とてもかわいかったので担当者に教えてあげてほしい』と言われたんです。投稿を見たら1歳の子が一生懸命「きみのこえずかん」に録音したどうぶつの名前を再生する動画で、それがかわいすぎて(笑)。そこで初めて『あ、こんなことになっているんだ』と気づきました」
「きみのこえずかん」の録音機能は英語知育を目的としたものでしたが、子供のその時にしか聞くことのできない舌足らずなかわいい言い方や、言い間違いを記録する育児記録としてユーザーの興味が集まっている。想定になかった拡散の事実を目で確かめた後、宮崎氏はすぐに計測データで裏付けを取りました。
「翌日に計測ツールのデータを確認したら、今まで見たことのない水準までダウンロード数が上がっていたんですよね。同時に、UGCとして盛り上がっているなら、それをブーストしたほうがいいだろうとも思いました。Xで盛り上がっている今、無料クーポンを配ってもっと多くの人に使ってもらいたい。そう願って投稿文の下書きを作ってから、浦山さんに『無料クーポンを配布してはどうでしょう』と投げたという流れです」
浦山氏は宮崎氏からの連絡を受け、即座に「ぜひやりましょう!」と答えたそうです。
「SNSのバズというのはそんなに長くは続かない。だからいかに早く動くかが大切。この盛り上がりをもっと盛り上げるにはどうするか。お客様にとってよりよい形は何かという視点で考えていました」と浦山氏は語ります。
「サブスクをキャンセルしてください」――無欲な言葉が生んだ共感の連鎖
ユーザーの「きみのこえずかん」利用をさらに加速させたのが、宮崎氏が書いたXの投稿文でした。無料クーポン配布を告知するその文章には、下記のような一文が添えられていました。
▲宮崎氏による実際のX投稿文
浦山氏は、この一文がキャンペーン成功の要因のひとつだったかもしれないと振り返ります。
「普通は言わないですよ、公式が『キャンセルして』なんて(笑)。でもこの一文が、お客様たちの心に響いたのではないかと思います。アプリを使ってほしいという気持ちがそのまま出ていましたよね。宮崎さんのこの文章でなければ、これだけの反響にはならなかったのではないでしょうか」
宮崎氏は「キャンセルして」という言葉を、打算ではなく自然な感覚で書いたそうです。
「今思えば、あのときの自分は無欲だったのだと思います。多くの人がアプリを使ってくれている状況を、私は素直に喜んでいた。そのため、ああいった文面になったのかもしれません」
当初予定していた無料クーポンの枠は決して少なくない数でしたが、浦山氏の「もっと出しましょう」という提案で増枠。それでも即座になくなり、追加配布という対応を迫られました。アプリへの愛と無欲さが、大きな共感の連鎖を生んだのです。
ユーザーが教えてくれた、プロダクトが持つ価値の拡張
今回の一件を通じて両氏が最も痛感したのは、「自分たちがこのアプリの持つ価値を捉えきれていなかった」という気づきでした。
ユーザーによる「育児記録」という想定外の使われ方について、開発者としてネガティブな気持ちはなかったかと尋ねると、宮崎氏は迷わずこう答えました。
「まったくなかったですね。英語のアプリとしか思っていなかったのに、こういう使い方をしてくれてありがとうという気持ちしかなくて。あらためて、モノづくりは凝り固まった考えをしてはいけないなと思わされました」
同じ質問に対して、浦山氏は「やられた」という言葉で今回の現象を言い表します。
「私たちの仕事は、商品の持っている価値をどうお客様に伝えるかを考えることです。しかし、今回の利用法は自分たちの想定にまったく入っていませんでした。ストレートに言い表すと「そうきたか、やられた」という心境ですね。『子供が大きく育ったら利用されなくなる』と思っていたアプリが、子供の成長を記録し続ける『声のアルバム』になったんですから。これは価値の再定義というよりも価値の拡張だったともいえる。それをお客様に教えてもらった出来事でした。おそらくマーケティング領域の人は同じようなことを感じると思います」
今回生まれた視点の転換は、両者のプロダクトの設計哲学にも影響を与えつつあるそうです。宮崎氏はアプリの在り方への認識も変わったといいます。
「例えば絵本って、0歳・1歳向けのものはその時期しか使わないけれど、捨てずに取っておいて、何年後かに『こんなの見ていたのよ』と懐かしむ役目もあるじゃないですか。今回気付かされたのは、アプリも過去を懐かしむために利用される可能性があるということです。楽しい機能はいつか誰かが見つけてくれるという結果も大きな収穫でした。今後は、そういった学びもうまく商品開発に取り入れていきたいと思っています」
「声のアルバム」として育てる――Gakkenが次に見据えるプロダクト像
今後のプロダクトの方向性について、浦山氏は「再現性を高めなくてはいけない」と言いながら、こう続けました。
「特定の商品やサービスのバズをウォッチするツールは導入しているものの、その活用法を再検討する必要があると感じました。商品やサービスには私たちが気づけていない価値や良さが隠れているのだと思います。もちろん、今回でいえば宮崎さんがしっかりした機能を持ったプロダクトを作っていたことが大前提です。良いプロダクトありき。しかしその上で、その良さを深掘りしていく姿勢は大事だなと。そしてその深掘りの過程や結果をプロダクト開発にフィードバックしていきたいですね」
宮崎氏は、今回の経験が「きみのこえずかん」そのものの進化にもつながることを示唆します。
「今回の件で、ユーザーがどんな使い方をしてくれるのか、もっとアンテナを張って注視していこうと思いました。このアプリにはまだユーザーに気づかれていない機能もたくさんある。それをどう発信して、どう使ってもらうかが次の課題です」
「育児記録として使い続けられるアプリ」という新たな軸が、一過性の利用ではなく、設計の大きなピースとなっていく。両者の言葉通り、ユーザー自身による価値の拡張は、このアプリの次のフェーズも導いていくのかもしれません。
GAKKEN CO.,LTD