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  • 月間200万人が利用する『おいしい健康』がコア機能の食事解析をLLMで作り直した理由とは

食事記録アプリの市場では、『あすけん』(累計会員数1,300万人)や『カロミル』(会員数530万人)といった巨大プレイヤーがすでに存在感を放っています。画像認識による食事推定も、今や目新しい技術ではありません。

そうした中で、80種類以上の疾患や悩みに対応し、管理栄養士監修のレシピを1万品以上公開する『おいしい健康』が、コア機能である食事記録をLLMによる画像解析に作り直したのはなぜなのでしょうか。「家庭のためのAI」というビジョンのもとで下された意思決定の背景を、研究開発チームマネージャーの濱田一喜氏に聞きました。

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今回お話を伺った方

株式会社おいしい健康 研究開発チームマネージャー
濱田 一喜氏

クックパッド株式会社等を経て、株式会社おいしい健康に転籍。おいしい健康のiOSアプリの開発、研究開発チームにおけるビッグデータ解析をリード。おいしい健康社の共著論文「Breakfast Skipping is associated with More Deleterious Lifestyle Behaviors among Japanese Men」に共著者として参画。

▼『おいしい健康』とは?
AI献立・栄養管理アプリ。ユーザーの健康状態や食の好みに合わせ、管理栄養士監修の1万品以上のレシピから最適な献立をAIが提案する。糖尿病や高血圧をはじめ80種類以上の疾患に対応した栄養管理機能を備え、療養が必要な人から健康意識の高い人まで幅広く利用されている。2021年からはAIが自動で献立を組み立てる「A.I.おすすめ献立」機能も提供している。

アプリ概要ページ:https://corp.oishi-kenko.com/products/

「判断して、記録する」という負荷――データベース照合方式に潜んでいた限界

食事記録アプリでは、わずかな記録の手間の積み重ねが継続の妨げになりやすいといわれます。『おいしい健康』が今回作り直したのは、まさに、記録のたびにくり返されるこの"手間"の部分でした。
従来のアプリでは、写真撮影後に候補の中から近いものを選び、確定させるという一手間が挟まっていました。ユーザーは「食べたものを、そのままスムーズに記録したい」だけなのに面倒な手順が繰り返される。この積み重ねが、地味に記録のハードルを押し上げていたと濱田氏は振り返ります。

もう一つ見落とされがちだったのが、データベース照合という仕組みそのものの限界です。候補から選ぶ方式では、データベースにない料理はそもそも選択肢に現れません。

濱田氏

データベースにない料理は記録できないので、似ているけれど違うものを選ぶしかありません。家庭では、冷蔵庫の余りもので作った、名前のない料理が毎日のように出てきます。それをそのまま記録できず、毎回どこかで妥協することになる。この繰り返しが、記録が続かない大きな要因になっていたと考えています。

この小さな妥協の積み重ねを避けるべく濱田氏らが目指したのは、栄養相談の現場に近い体験でした。管理栄養士に食事の写真を見せ、「これが写っていますね」と柔軟に評価してもらう、あの感覚です。候補を提示して選ばせるのではなく、写真そのものを読み取って応える。この転換こそが、今回の作り直しの出発点になりました。

「家庭のためのAI」が画像解析を選んだ理由

AI画像解析の流れ

提供:株式会社おいしい健康

数あるAI活用の選択肢の中から画像解析を選んだ判断の軸は、『おいしい健康』が目指すゴールの捉え方に表れています。ユーザーが本当に求めているのは、食べる楽しみと健康を両立すること。我慢や制限ではなく、食べたいものを楽しめること。そしてその先にある、健康状態の維持・改善や、場合によっては服薬量を減らすことです。そこに至るまでには日々無数の壁があり、効果を実感してもらうには実践の継続が欠かせません。

また、継続を支えるには、食事を一般論として提案するだけでは足りず、一人ひとりの状況に合わせたパーソナライズが必要になります。食事指導を担う管理栄養士や保健師、医師は、記録や写真から多くの情報を読み取り「これならできるかも」と思える提案につなげていますが、そうした質の高い指導を誰もが受けられているわけではありません。

『おいしい健康』は、2021年から提供してきた「A.I.おすすめ献立」で、健康状態や好みに応じた献立提案という形でAI活用を続けていた一方、今回初めてLLMを中心に据えました。

濱田氏

LLMの強みは、写真や自由な言葉といった構造化されていない情報を、文脈ごと柔軟に解釈できることにあります。その強みが最も活きるのが、専門家が写真や記録から多くの情報を読み取る食事記録の領域だと考え、ここから着手しました。

今回整えたAIの裏側の仕組みは献立提案や栄養相談など今後の機能にも応用できる設計とのことで、単発の機能追加ではなく、AI活用全体の土台づくりと位置づけたリリースとなりました。

「真の正解がない」写真解析で、LLMと栄養計算ロジックをどう分業させたか

「正解のない推定」に、おいしい健康はどう向き合ったのか。それが今回の開発の核心だったと濱田氏は話します。前提となる考え方、LLMと栄養計算ロジックの役割分担、それを支えるデータ資産という3つの角度から見てみましょう。

写真からの栄養価推定に「厳密な正解」はない

開発チームがまず向き合ったのは、写真からの栄養価推定には、そもそも厳密な「正解」など存在しないという事実でした。例えば、オムレツに見える料理の下にごはんが隠れていて、実はオムライスだったとしても、それは写真からは判別できません。ましてや、塩分のような成分は、見た目にはまず現れないのです。

同じ料理でも調味料の量や調理法で栄養価は変わり、写真だけで完全に言い当てることは原理的に不可能です。これは人間の専門家による評価でも変わらず、管理栄養士は経験と知識、写真の中の情報から食事を再構成し、最も確からしい推定を組み立てているのです。
だからこそ開発チームは、推定精度を極限まで追い求めるアプローチを取らなかったそうです。というのは、詳細に分析するほど処理に時間がかかり、確認事項も増えて、かえって記録のストレスが増すからです。

目指したのはスムーズさと的確さのバランス。基準として置いたのは、管理栄養士などの専門家が見ても「おかしくない」と思える推定となることでした。開発過程では社内の管理栄養士による評価会を重ね、妥当性を確かめながらチューニングを進めたと濱田氏は振り返ります。

LLMに任せる領域、任せない領域

技術的に重視されたのは、「LLMに任せる領域」と「任せない領域」の線引きです。糖質は「炭水化物-食物繊維」、食塩相当量はナトリウム量から算出するといった定義は、すでに確立されています。こうした値はLLMに直接推定させず、元となる成分の読み取りに専念させ、最終的な計算は『おいしい健康』が長年運用してきた栄養計算ロジック側に委ねる。柔軟な解釈力を持つLLMと、厳密さが求められる栄養計算体系を組み合わせる役割分担です。

LLMに任せた推定の質はどう確かめるのか。そのよりどころになったのが、管理栄養士監修の栄養計算済みレシピ1万件以上というデータ資産です。ユーザーの食事写真に「真の正解」は存在しませんが、このレシピコンテンツは「1人前の写真と、その正確な栄養価」がセットになった、正解付きの貴重なデータセット。開発チームはPoCの段階からこれとLLMの推定を突き合わせ、推定の確からしさを検証していったそうです。

画像解析の例

▲ワンタンが水餃子と解析されてしまった一例。「解析をやりなおす」をタップして修正が可能

AIの推定を最終決定にしない設計も徹底されています。結果が意図と違えば数値を手動で調整できるほか、「オムライスではなくオムレツです」のように文章で推定し直しを依頼できるインターフェースも用意しています。カップ麺の成分表示などの難しいケースへの対応を重ねた結果、成分表示読み取りの完走率はリリース初期から2倍以上に改善したと、濱田氏は話しました。

データ資産と現場知見がチューニングを支える

資産を活用し、AIの推定を正解データと突き合わせていくと、興味深い癖も見えてきました。

濱田氏

LLMは世界中のデータで学習しているためか、日本の食事写真では脂質を実際より多めに見積もる傾向がありました。正解のあるデータと比べられたので、この傾向を数字で確認して、チューニングに反映できたんです。
また、社内には栄養指導の経験を持つ管理栄養士が多くいます。開発の中で直接フィードバックをもらえたことも、健康に不安がある方に向けた食事支援という難しい領域では、大きな支えになりました。

こうした設計は届くべき層に届いている手応えもあります。成分表示を読み取る新モードでは、リンやカリウム、塩分の把握が治療上不可欠な腎臓病・透析の方の利用構成比が、アプリ全体の約5倍に達しているそうです。

toCの記録データが医療・製薬をつなぐ「入口」になる

中長期的な視点で見ると、家庭で日常的に得られる質の高い食事データこそが、事業全体を貫く共通の価値基盤になっていくと、濱田氏は捉えています。

Kakarisのサイト

▲医療機関向けDXソリューション「Kakaris

今回のLLM画像解析によって、1回の記録に含まれる品目数は従来比で約24%増加しました。これは単に記録が楽になったというだけでなく、食生活のデータとしての解像度が上がったことを意味します。
また、医療機関向けDXソリューション「Kakaris」や製薬企業向け患者支援プログラム(PSP)でも、患者の実際の食事を把握したいというニーズは根強く、記録のハードルが下がったことは連携の価値を底上げするものだといいます。

濱田氏

記録が楽になるほど、日々の食事は漏れなく記録されるようになります。それがそのまま、医療機関や製薬企業と一緒に患者さんを支援するときの、データの質につながっていきます。アプリの使いやすさを磨くことと、医療の現場で使えるデータを育てることは、別々の話ではないんです。今回の機能は、家庭の食卓と医療の現場をつなぐ入口として、中長期的に効いてくると考えています。

記録の品目数と頻度に見えた変化

AI自動解析例

▲解析例。AIが3皿を同時に判断してくれるので記録しやすい

記録の品目数が伸びたことは、ユーザーの行動そのものにも表れています。AIで記録するユーザーは、それ以外のユーザーに比べて2倍以上のペースで記録を続けており、食事記録をしている有料・トライアル中のユーザーのおよそ半数が、すでにAI写真解析を選ぶようになっているのだとか。

事業面での変化も見逃せません。『おいしい健康』は1ヵ月の無料トライアルを経て有料会員に移行する課金体系ですが、トライアル期間中にAIで食事記録を体験したユーザーは、体験しなかったユーザーに比べて有料会員への移行率が明確に高く、この傾向は複数月のコホートで一貫して確認されているといいます。
興味深いのは、「記録したかどうか」だけでは移行率にほとんど差が生まれない点です。記録という行為そのものより、「AIが自分の食事を理解してくれる」という体験こそが価値として届いている、と濱田氏は解釈しているそうです。

記録の先に何を返すか――これから広がるAI活用の可能性

記録のハードルは下がった一方で、長期的な継続は課題として残っています。現在は、蓄積された記録データをもとにAIがパーソナライズされた食事フィードバックを返す機能の開発にすでに着手しており、「記録した先に何が返ってくるか」という体験の充実に取り組んでいる最中です。

今後はキーワードによる食事記録のLLM化にも取り組む計画とのことで、写真では捉えにくい間食や、就寝前にまとめて入力するスタイルなど、写真以外の記録ニーズにもLLMの柔軟な解釈を効かせていく方針です。

濱田氏

食事の改善を続けるには、栄養基準をどう決めるか、日々の生活で実践できるか、飽きないか、食材の価格、家族の好みまで、考えることが本当にたくさんあります。続かないのは、この難しさが一人ひとり違う形で現れるからです。これまでのやり方では十分な支援が難しかったのですが、LLMの登場で、解決に近づいた実感があります。
LLMは、単純な問題よりも、これまで無理だと思われていた難しい問題でこそ力を発揮します。今後もそういう問題に、LLMで挑んでいきます。

『あすけん』や『カロミル』という巨大プレイヤーがひしめく市場で、『おいしい健康』が選んだのは規模でも先行者優位でもありません。栄養基準の設計から家族の好みまで、無数の制約が絡み合う難問に、正面から挑み続ける姿勢そのものです。

おいしい健康 コーポレートサイト:https://corp.oishi-kenko.com/

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