「前進(Moving Forward)」をテーマに掲げ、2026年7月29日、東京・京橋のTODA HALL & CONFERENCE TOKYOにて、アプリの計測・分析ツールを提供するAdjustにより開催されたアプリマーケティングカンファレンス「Adjust Ignite Tokyo 2026」。
イベントレポート後編では、大学生2人が2日間でアプリをリリースした「バイブコーディング」の実際、Sensor Towerとの共同調査から見えた日本市場の姿、AIの内製化に取り組む2社の実務、そしてMetaの次世代配信モデルをレポートします。
【イベントレポート】「前進」を掲げたアプリマーケターの祭典 Adjust Ignite Tokyo 2026(後編)
【Shipaton Session】バイブコーディングがもたらす地殻変動:大学生が2日間でアプリを作り、世界へ羽ばたく時代
本セッションは、ほかとは毛色の異なるアプリ開発の話題でした。モデレーターはRevenueCat Country Director, Japanの上田善行氏。ゲストにはProtoductAI代表の宇野慎一郎氏と、共同創業者の阿部翔平氏が登壇しました。2人はいずれも同志社大学経済学部の学生で、本イベントが初登壇です。
実働8時間、リリースまで2日
▲左から宇野慎一郎氏、阿部翔平氏
2人が開発したアプリ『Miica(ミーカ)』は、名刺交換やSNS交換の際にQRコードやIDを提示する手間を、Apple Walletで解消するもの。開発期間を問われた阿部氏の答えは、会場をどよめかせました。実働でAIと向き合った時間はわずか8時間。その8時間でアプリを開発してApp Storeへの掲出まで済ませ、審査を通してリリースに至ったのが2日目だといいます。
上田氏に促され、宇野氏が明かしたのが実際の技術スタックです。認証やデータベース、決済、審査対応まで、既存の外部サービスをAIが管理画面ごと横断的に操作しながら組み上げていく仕組みだといいます。中でも宇野氏が「革命的」と評したのが、E2Eテストツール『Maestro』です。AIは「できました」と報告しながら実際には動かないことがあるため、動作確認までAIに担わせることで、本当に完成するまでループを回し切れるようになったそうです。
変わったのは速度ではなく「挑戦コスト」
AIによって一番変わったことは何か。阿部氏の答えは「挑戦コスト」でした。高校生の頃からプログラミングを続けてきた阿部氏ですが、AI以前は開発を試みても何度も失敗。それが今は、「思いついて数日でユーザーが実際に使える状態にできること」「誰でもアプリを作れる時代になったこと」を挙げ、AIに2日間話しかけるだけで完成するというこの状況こそ、時代が変わった証だと語りました。
挑戦コストが下がった結果、個人が抱える身近な課題ですらアプリで解決する手法が一般化し、小さなニッチ市場も成立するようになったと、今後の展望を阿部氏は語ります。さらに宇野氏が加えたのは「最初から世界を目指す」という視点です。プロンプトで指示すれば数十分で多言語対応が完了する時代、すぐ作れて世界を広げられ自分のブランドを持てる――この3つをやりきったチームがグローバルなプロダクトを作っていくと締めくくりました。
▲RevenueCat 上田善行氏
なおセッション最後には、上田氏から世界最大級のモバイルアプリハッカソン「Shipaton(シパトン)2026」の告知もありました。昨年は世界で5万人が参加したもので、今年の優勝賞金は1,600万円、総額1.6億円という規模です。
昨年の優勝者は『Payout』というアプリを10日で開発・リリースし、ARR1.6億円を超えた23歳の開発者です。日本でも「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京系)で取り上げられるなど話題になっており、現在すでに1,600人以上が参加登録しているとのことでした。
【Japan App Trend Session with Sensor Tower】日本市場は何が伸びているのか
続いて行われたのは、AdjustとSensor Towerの共同調査によるトレンドセッションです。登壇したのはSensor Tower 営業本部長の植田アンディ翔氏と、Adjust Senior Enterprise Customer Success Managerの山根竜二氏。当日リリースされた「モバイルアプリトレンド2026:日本版」をもとに議論が進みました。
▲Sensor Tower 植田アンディ翔氏(右)とAdjust 山根竜二氏
ダウンロードは15位、しかしアプリ内課金は世界3位
日本市場はダウンロード数や総利用時間ではグローバル15位前後にとどまる一方、IAP(アプリ内課金)収益では数年間にわたり世界3位をキープ。日本人はアプリにお金を使う国民性だと植田氏は指摘しました。
非ゲームの成長率をカテゴリー別に見ると、トップは生成AI、続いてユーティリティ、ソーシャルメディアという順。ただし植田氏は、ゲーム業界ではストア外課金への誘導が進んでおり、この数字がストア内課金しか捉えていない点にも注意を促します。
2025年のランキング分析では『Pokémon TCG Pocket』(ポケポケ)が取り上げられました。日本での主要利用層は25〜34歳男性。これはポケットモンスターの『ダイヤモンド』『パール』(2006年登場)をプレイしていた世代とぴたりと重なるため、数字だけを見れば意外に映るランキングも、背景を辿れば納得できるという指摘です。
2026年上半期は、ダウンロードでChatGPTが1位、Geminiが3位。目を引いたのはNetflixで、WBC独占放映を機にダウンロード5位へ浮上しました。すでにエンゲージメントのフェーズに入っていたはずのサービスが、大型スポーツイベントで再びランクインする動きが「面白い」と植田氏。支出額ランキングでは2025年・2026年ともに『ピッコマ』が1位で、グローバルでマンガ系アプリが上位を占めるのは相当なレアケースだといいます。
日本の生成AIは「コンパニオンとコンテンツ」
生成AI領域では、2つの興味深いデータが示されました。ひとつはAIアシスタントのシェアで、ダウンロードでは伸びているChatGPTも、シェアで見ると低下傾向にある。植田氏はその背景に、OpenAIが米国防総省と機密環境での高度なAIシステム導入で合意したというニュースを挙げ、発表後にアンインストール率が急増したと説明しました。
もうひとつが、日本市場特有の傾向です。ChatGPT、Gemini、Claudeが上位に並ぶ点はグローバルと共通ですが、日本では4位に韓国発の『Zeta(ゼータ)』が入っています。AIキャラクターと対話するコンパニオンアプリで、植田氏はこれを「推し活に近いサービス」と表現しました。「世界はAIアシスタント一色なのに対して、日本はコンパニオンとコンテンツが食い込んでいる」と山根氏も両者の差を興味深く受け止めていました。
▲日本と世界で異なる生成AIアプリのランキング
また、具体的な事例として『Duolingo』を紹介。2023年という早い段階でAIを組み込んだものの初期評価は低く、試行錯誤の末、2024年に追加したビデオ通話形式のAI対話機能でようやくレビュー評価が上昇したといいます。植田氏は最後に、アニメやマンガ、推し活といった日本特有の文化的要素とAIを組み合わせれば、独自のサービスを打ち出せるのではないかと述べました。
【Panel Session】生成AI時代のマーケティング自動化・内製化のリアル
▲左からAdjust 大杉健治氏、株式会社バンダイナムコネットワークサービス 高橋謙仁氏、株式会社カナリー 飯山秀人氏
続くセッションは「ハウスエージェンシーによるAI活用事例 vs スタートアップ事業主の超効率インハウス運用でのAI活用事例」というサブタイトルのもと、実務面を各社が語ります。Adjust Head of Customer Successの大杉健治氏がモデレーターを務め、株式会社バンダイナムコネットワークサービスの高橋謙仁氏と、株式会社カナリー グロース本部 VP of Growthの飯山秀人氏が登壇しました。
数時間の振り返り作業が5分に
高橋氏は、バンダイナムコエンターテインメントからリリースされたアプリゲームなどのWEB広告を取り扱う チームを取りまとめる立場にあります。
昨年度、広告分析結果を自動生成するツール「B-NAS(ビーナス)」を作成。従来はExcelに直接手作業で振り返りを書いていたものが、数値を投入すればAIが自動で出力する仕組みに変わり、数時間かかっていた作業は5分ほどで終わるようになったそうです。
一方の飯山氏は、不動産賃貸アプリを運営するカナリーで、マーケティング周りをほぼ1名で担当してきました。BigQueryへの物件・広告データ集計から月次予算の日次最適化まで、SQLやPythonのコードをAIに書かせて運用しています。予算変更の提案はSlackに届き、承認すればAPI経由でMetaやGoogleの予算が変わる仕組みで、投影されたスライドには、CRMやプロダクト改善のプロセスまで含めた自動化の全体像も示されていました。
ただし、「この自動化で楽になったか?」という問いに対しては、「効率化はされたが、その分アイディアがいっぱい出てくるので、仕事の総量は増えました」と、苦笑交じりの回答となりました。
世界観を守るのは人、AIを育てるのも人
自動化の限界を問うテーマでは、高橋氏がIP(知的財産)を挙げました。キャラクター・作品の世界観やブランドを守る部分はAIに任せきりにせず、今も人の手を活用しているといいます。
飯山氏の答えは少し角度が異なり、「AIを育てること」こそ人の仕事だと語りました。優秀な新人を育てる感覚で観点やデータの所在を教え込むという発想です。未解決の課題として挙げられたのが人材育成で、AIに任せたほうが早い状況においてジュニア層をどう育てるべきか、自身もまだ解が出ていないと率直に語る場面もありました。
最後に、これから導入する企業へのアドバイスとして高橋氏は現場の「一番重い作業」から着手することを、飯山氏は自分が楽しいと思える部分から始めることを挙げ、セッションは幕を閉じました。
【Meta Session】Metaの次世代広告配信モデル「アンドロメダ」
▲Meta 田中翔人氏
イベント終盤には、Meta Client Solutions Managerの田中翔人氏が登壇。「大AI時代で実現した、業界最先端のアルゴリズムの世界を覗いてみる」と題し、同社がAI投資によって実現した配信モデルの内部構造が、マニアックかつわかりやすく解説されました。
4つのモデルを「鮨屋」で理解する
田中氏はまず、広告配信を「ユーザー理解」「候補選定」「オークション」の3段階に整理。数千万のユーザーと数千万の広告を1つずつ突き合わせていては処理が追いつかないため、候補を絞り込む「候補選定」が要になると話します。
紹介された4つのモデルは、Lattice(プレイスメントごとに分かれていたモデルの統合学習)、Sequence Learning(ユーザーの行動を時系列パターンで学習)、Andromeda(候補選定を担うリトリーバルエンジン。日本語で銀河を意味するこの名前は、数千億の星から1つを選び出すイメージに由来)、GEM(意味分類で広告とユーザーを結びつける頭脳)で、田中氏はこれを鮨屋の比喩で説明します。
客がユーザー、鮨屋がMeta、ネタが広告であり、Latticeは店舗間の情報共有、Sequence Learningは客一人ひとりが最も好む順番に合わせてネタを出す提供方法、Andromedaは常連が座った瞬間に市場にある数千万のネタ候補から、数千種類までに厳選する目利きの「卸売り職人」 、GEMは「大間の、冬の、脂がのった一本」という粒度まで理解する頭脳、という例えです。
AIインフラへの投資は、実際の数字にも表れています。田中氏によれば、これらのモデルを磨き込む前後でCPAは約20%改善したといいます。
運用者のレバーは「入札」から「データの質」へ
では広告主は何をすべきか。効果が合わずMeta広告の配信を停止したままの広告主には、数年前とはモデルがまったく別物だからこそ「ぜひ配信してください」と田中氏は呼びかけつつ、すでに配信している広告主に対しては、運用者の役割そのものが変わったと指摘。従来は手動入札やオーディエンス調整が主戦場でしたが、差がつくのは機械学習に供給する教師データの質だと述べます。
「Garbage In, Garbage Out」――どれだけ優れたモデルがあっても、質の悪いデータを入れれば質の悪い結果しか出ない。この格言を、田中氏は最も気をつけてほしい原則として紹介しました。
【クロージング】「電気、水道、ガス、AI」
再び登壇したAdjust General Managerの佐々直紀氏は、ほぼすべてのセッションでAIが語られたことに触れ、「もはや業界にとって電気や水道、ガスと並ぶインフラのような存在」と表現しました。アプリ領域ではMMPができるだけきれいで正しいデータを収集し、それが各社がみずから開発するAIツールにどう組み込まれるかが今後の論点になるという見立ても示されました。
最後に告知されたのが9月18日のイベントです。東京ゲームショウの開催日にあたるこの日、Tokyo Game Show アフターパーティー、「Night Carnival」が、六本木ヒルズアリーナで開催されると紹介されました。こうして今年のAdjust Ignite Tokyo 2026はプログラムを締めくくり、イベントはこのあとネットワーキングへと移っていきました。
前編・後編を通じて見えてきたのは、AIが担う領域が広がるほど、人間が引き受けるべき仕事の輪郭がかえって鮮明になるという構図です。停滞感の話から始まったイベントが、最後まで具体的な手触りのある実践で埋まっていたことこそ、今年のIgniteが示した「前進」の中身だったといえそうです。