2026年7月29日、アプリの計測・分析ツールを提供するAdjust主催のアプリマーケティングカンファレンス「Adjust Ignite Tokyo 2026」が、東京・京橋のTODA HALL & CONFERENCE TOKYOで開催されました。完全招待制の本イベントには400名近いマーケターが集結。今年掲げられたテーマは「前進(Moving Forward)」です。
予算縮小やアプリ終了といった停滞の話が業界をめぐる一方で、海外やサービス改善へ挑む企業も確実に増えているという問題意識のもとに組まれたプログラムは、ほぼすべてのセッションがAIにふれる構成となりました。
前編では、Adjustの最新ロードマップ、元Apple Japan代表の山元賢治氏による特別基調講演、そしてメルカリ石渡氏が語ったAI時代のマーケター論をレポートします。
【イベントレポート】「前進」を掲げたアプリマーケターの祭典 Adjust Ignite Tokyo 2026(前編)
【オープニング】Adjust Japanの12年と、テーマに掲げた「前進」
開会の挨拶に立ったのは、adjust株式会社 General Managerの佐々直紀氏です。今年は、サンフランシスコに続く2番目の開催地として東京が選ばれたとのことでした。
▲adjust株式会社 佐々直紀氏
Adjustは2012年にドイツ・ベルリンで設立され、日本法人は2014年に立ち上がりました。現在は日本の主要アプリ事業者の約86%に導入されており、日本のアプリ消費支出額は2.5兆円、グローバルで3番目に大きな市場です。
テーマ「前進」の背景として語られたのは、業界の空気感でした。「予算を抑える、アプリを閉じるといった停滞感のある話を耳にする一方、海外進出やサービス改善に踏み込む企業も少なくない。だからこそ参加者とともに前進するヒントを持ち帰れる場にしたい」と佐々氏は述べ、セッションへとバトンを渡しました。
【Adjust Keynote】計測から「実行」へ
続いて、Adjust Global SVPのアレックス・リー(Alex Li)氏が登壇しました。Adjustは現在、30万以上のアプリの成長計測に使われ、3,000社以上のパートナーと連携しています。
意思決定の量が、チームの処理能力を超えた
リー氏はまず、市場の変化を振り返りました。App Store登場時の登録アプリはわずか500個。現在は500万以上に達し、チャネルやキャンペーンの増加とともに、意思決定の量はどんなに優秀なチームの処理能力をも超えて膨らんでいるといいます。
▲Adjust Global SVP アレックス・リー氏
世界最高の成長マーケターも一人の人間。だからこそAdjustは、単なる計測パートナーから「計測と実行のレイヤー」へと進化しようとしている。「何が起きたか」を伝えていた土台を、「次に何が起きるか」を示すものへと組み替える方針が示されました。
目標を与えれば自律的に動く「Agentic Growth Management」
2026年下半期の目玉として紹介されたのが「Agentic Growth Management」。マーケターがROASの向上や継続率の改善といった目標を設定すると、システムが仮説を生成し、承認を経て実行、影響を計測して結果を次の意思決定へ反映するというループです。
興味深いのは、エージェントがまず目標の実現可能性を検証する点です。不可能な目標を与えた場合は、その根拠となる履歴分析とともに不可能であることを伝えるといいます。また、エージェントが推奨にとどまらず、独自の「書き込みAPI」を通じて実行まで担う点が差別化要因として強調されました。
導入初期は人間の承認を必須としつつ、信頼が積み上がるほど自動化の範囲が広がり、最終的には「オートパイロットモード」も可能になるとのこと。マーケターの役割は、個々のキャンペーン管理から、望ましい成果へと導く役割へ変わっていくとリー氏は述べました。
これを支える基盤として、ダッシュボード内でAIに質問できる「Growth Copilot」、クリエイティブセットの作成を自動化する機能、複数のアプリ内イベントを組み合わせて意味のあるコンバージョンを定義する「Smart Conversions」なども紹介。「単一のイベントだけでは、そのユーザーが本当に定着しているかはわからない。複合的なシグナルこそが精度を上げる」というのがリー氏の一貫した主張でした。
【特別基調講演】元Apple Japan代表 山元賢治氏が語る、停滞からの復活
特別基調講演に立ったのは、株式会社コミュニカ創設者で現会長の山元賢治氏。2004年にスティーブ・ジョブズ氏から直接指名を受け、iPhoneの日本上陸やApp Storeの誕生という転換点の最前線にいた人物です。
▲株式会社コミュニカ 山元賢治氏
「アプリ業界の未来を担うリーダーへ 〜App Storeの誕生から、山元氏の考えるAI時代も変わらない『人間の価値』とは〜」と題された本講演。イベントテーマ「前進」を受け取った山元氏は、意外な角度から切り出しました。絶好調の人も停滞している人も会場にはいるだろうとした上で、自身のキャリアで最も停滞していた会社こそAppleだったと明かしたのです。
「ケンジ、日本を元気にしてくれないか?」
IBM、オラクル、EMCを経て、1,600名規模の組織を率いていた山元氏に、ジョブズ氏から声がかかりました。ジョブズ氏は「日本の社員も販売店も元気がない、元気にしてくれないか」と語ったといいます。歴代トップの多くが2年ももたずに交代していたことを知りながら、山元氏は入社を決めました。
以後の5年半で、iPodの世界的なヒットから2008年の日本でのiPhone発売まで、Appleが最も劇的に変わる時期のど真ん中に立つことになります。
「負け癖」を払拭した5年半
日本法人社長としての最初の数年間は、量販店から「利益が低くて儲からない」と冷遇され、米国本社からの信頼も薄いという逆風のなかにありました。社内にも「負け癖」がついていたといい、山元氏は約3万人の応募者全員をみずから面接して100人を採用し、社内の空気を入れ替えます。
入社から半年ほど経った頃、ジョブズ氏に呼び出されます。クビを覚悟して渡米した山元氏に投げかけられたのは、「What can I do for you?」――日本を復活させるために自分に何ができるか、という言葉でした。山元氏はただ一言「日本に来てほしい」と伝えると、2005年8月、ジョブズ氏の姿は確かに国際フォーラムの舞台にありました。
半年後、日本の売上は前週比3倍という勢いで伸び続けたといいます。
機内で書き出した130の行動、そして「覚悟」
5年半の社長業を終えた2009年、山元氏はIBM時代の同期でもあるティム・クック氏のもとを訪れ、退任を伝えます。理由は「テクノロジーをやればやるほど、人間の力が大事だとわかってきた」というもの。日本には350万社以上の企業があるのに、この人こそ社長だと言えるリーダーを育てなければ復活はない。そんな危機感からでした。
帰国の機内で、山元氏は「なぜプレッシャーの中でも笑顔で結果を残せたのか」をみずからに問い、行動を書き出します。挙がったのは130以上。そこから見えてきたのは、日本人の強みと弱みの表裏でした。
空気を読めることは日本人の特出した美点である一方、悪く出れば同調主義に陥り、会議で誰も意見を言わず上司の顔色をうかがう組織になる。停滞から抜け出すには、空気を読むだけでは足りず、情熱や当事者意識を足す必要がある――そう考えた末に浮かんだ言葉が「覚悟」だったのです。
以来17年、「目指しているのはアメリカの物真似ではない。日本人らしい思いやりを保ったまま、そこに一人ひとりの覚悟を足して、人を元気づけていきたい」と、山元氏は全国でこの教えを「覚悟108」として説き続けています。
今秋発売予定の新版書籍には、AI時代にも人間が担うべきリーダーシップというテーマが加わるとのこと。体力があったからこそ最も大変な仕事を任され、最も多く失敗し、最も早くく学べた。どんなに忙しくても7時間から7時間半は眠ってほしい、と山元氏は締めくくりました。
【Fireside chat】AIネイティブ時代に我々は何をすべきか――メルカリ石渡氏の思考を解剖する
イベントレポート前編の最後は、株式会社メルカリ Senior Marketing Manager / AI Marketing Leadの石渡貴大氏を迎えたファイヤーサイドチャットをお届けします。モデレーターはAdjust Sales Leadの高橋将平氏が務めました。
CPMを分解すると、握るべきレバーが見える
AIに仕事が奪われるのではないかという不安について、石渡氏の答えは明確でした。マーケターの仕事は手を動かすことではなく、広告やコミュニケーションによって価値を出すことにあり、AIはそれをレバレッジする道具だという整理です。
▲メルカリ 石渡貴大氏(左)とAdjust 高橋将平氏
では何にフォーカスすべきか。メディアの売上は「インプレッション数 × RPM」で決まり、メディア側はインプレッションを維持したままRPMを上げたいと考える。つまり広告主側はCPMを高めなければ良い枠を買えない、という構造です。CPMを分解すると「CPA × CVR × CTR × 1000」になり、CPAの引き上げが難しい以上、マーケターが努力すべきはCVRとCTRである――これが石渡氏の出発点でした。
機械学習を効かせる2つの条件
そのためのキーワードが「媒体の機械学習を信じる」ことです。日本の運用者は真面目なため細かく手で調整したがる傾向があるものの、現在は人間が細かく調整するより機械学習に任せたほうが成果が出るといいます。
人間にできることは2点、「計測ツールの仕組みを理解すること」と「コンバージョン地点と事業KGIを接続すること」。MMPから媒体にどんなデータが飛び、どの優先順位でアトリビューションが処理されているか。これを自分の言葉で説明できる人は会場に1割もいないかもしれないと、石渡氏は指摘します。コンバージョン地点についても、遠すぎる指標は学習が進まず、近すぎる指標は売上につながらないユーザーばかりを集めてしまう。どの地点が最適かを科学することが、今のマーケターの重要な仕事だと語りました。
クリエイティブは「自社にしかないデータ」で差がつく
最後のテーマは、まだ人間の領域が大きいクリエイティブです。自動生成ツールは増えているものの、同じツールを使えばアウトプットは似通ってしまう。差別化のカギは、自社独自の体験データをどれだけAIに入力できるかにあると石渡氏は語ります。
例として挙げたのは、メルカリが持つ数十億件のレビューデータ、つまりユーザー同士のやりとりの蓄積です。これをAIに読み込ませてクリエイティブへ落とし込んだ取り組み『やさしいメル﨑』は「YouTube Works Awards Japan 2026」のBest Use of Google AI 部門でゴールドを受賞しました。
セッションのまとめは4点。CVRとCTRにフォーカスすること、正しいデータを媒体に返すこと、独自の体験データでクリエイティブを作ること、そして最終的にはプロダクト側と連携して許容CPAそのものを引き上げていくことでした。
機械学習に任せるほど、人間に残る仕事は「何を測り、何を任せるか」という設計そのものへと純化していく。このセッションが浮かび上がらせたのは、そんな逆説だったように感じました。
前編で語られた3つのセッションに通底していたのは、AIが担う範囲が広がるほど、人間が引き受けるべき仕事の輪郭がかえって鮮明になるという感覚でした。後編では、大学生が2日間でアプリをリリースする「バイブコーディング」の現場や、日本市場の最新トレンド、AI内製化の実務、Metaの次世代配信モデルをお届けします。