Adjust、Braze、Moloco、Moonplateが運営するモバイルアプリマーケター向けコミュニティ「MOBILE STARS」による第6回目となるイベント「MOBILE STARS Christmas 2025」が、2025年12月12日に開催されました。
この日の締めくくりとなる最後のセッションは、「クリスマスに考える〜限られた接点でどう顧客の心を掴むのか〜」をテーマに、株式会社エーアンドエス(サザビーリーググループ)の飯塚 泰輔氏と、株式会社タカラトミーの井上 慶人氏が登壇しました。
ジュエリーやおもちゃは、時として購入時に深い感情が込められる特別な商品という性質もあり、いざという時に消費者から思い出されることが重要となる一方で、顧客との接点機会が限られるという共通の課題を抱えています。
前編となる本記事では、ジュエリーブランド”agete”(アガット)などを手掛ける株式会社エーアンドエスが考える、定性データとリアル体験を統合するCRM戦略をお届けします。
【レポート】A&S × タカラトミー登壇、限られた接点でどう顧客の心を掴むのか(MOBILE STARS)前編
エーアンドエスが考える、定性データとリアル体験を統合するCRM戦略
サザビーリーググループ傘下でジュエリーブランド(”アガット”を含む4ブランド)を展開する株式会社エーアンドエスは、日本に約60店舗、中国・台湾に約40店舗を構え、”アガット”は今年でブランド生誕35周年を迎えました。
ジュエリーは多くても年1回程度の長い購買サイクルを持つ嗜好商材であり、「あると幸せだけれど、なくても生活に支障はない領域だからこそ、お客様の心の変容をどれだけもたらせるか」をCRMの中心に据えていると飯塚氏は語りました。
旗艦店・青山店をはじめとするリアル店舗では、ブランド世界観を体験できる空間づくりに注力。ECやアプリが存在する今でも、「リアル体験がブランドの原点」という考え方がベースとなっています。
▲サザビーリーググループブランド紹介
アプリは「会員証」から、日常的に心を動かす接点へ
同社アプリは元々、会員証機能が中心のシンプルな設計でした。しかし、購買サイクルが長い商材だからこそ「日常の小さな瞬間でブランドを思い出してもらう接点」が重要になると考え、2023年11月、MAツールBrazeの導入を機にリプレイスを実施。以降、ネイティブアプリとしての体験改善を継続しています。
主な改善ポイント
- フィードタブ:ブランドのビジュアルを“眺めるだけでも気持ちが動く”よう、UI/UXを最適化
- ニュースタブ:店舗スタッフが自ら配信し、登録ユーザーへプッシュ通知
- スタイリングタブ:気になったらすぐタップしたくなる動線を実現
- アイテムタブ:「読み込みが遅い」という顧客の声を起点に高速化
こうした改善はすべて、「既存のお客様にこそアプリを使っていただきたい」「日々の生活の中でブランドを思い出す瞬間」を増やしたいという設計思想に基づいています。
店舗のF2転換率が示した、リアル体験の“鍵”
当初より課題となっていたのはF2(2回目購入)転換率。ECと店舗それぞれのデータを分析したところ、店舗の方がECよりもF2転換率が高いという結果でした。
なぜ店舗のほうがF2転換率が高いのかを深掘りしたところ、その背景にあったのは、店頭スタッフが購入時にすすめる「ジュエリークロス」の存在。自宅でジェリーの手入れをするたびに自社商品に触れる、ブランドへの接点が自然と増える、その小さな積み重ねが、ブランドへの愛着や次回購買の想起につながっていた可能性が見えてきたと言います。
一方、EC上ではこのクロスは、カテゴリーの最下部「その他」にあり、顧客が自力で見つけることは難しい状態でした。
そこで同社は、Brazeを活用しECでジュエリーを購入したが「クロス」をカートに入れていない顧客に対し、「クロス」をレコメンドする配信を実施。店舗で起きている成功体験を、デジタル側に“移植”するような設計で成果を上げています。
▲カスタマージャーニー(エーアンドエス株式会社)
定性データを起点に、「共通言語」としてのペルソナをつくる
エーアンドエスでは、従来からBIツールで多様なダッシュボードを運用し、売上や行動ログといった定量データを分析してきました。
しかし飯塚氏は、「お客様が“中央値どおりに動く”ことはまずない。購買の変容は、もっと個人の気持ちや文脈の中で起きている」という顧客理解に対する問題意識から、新たにアンケートツール「Qualtrics」を導入。
ジュエリーとは直接関係のない趣味・価値観・生活スタイルを条件分岐で聞くことで、“お客様がどんな生活をしていて、何を大切にしているのか”を立体的に捉える設計にしました。
定量データと「Qualtrics」を通じ収集した定性データを組み合わせ、回帰分析等の数値的な根拠も示しながら、ダッシュボードを設計し、社内のメンバーへ共有したところ、初期版は「数字的で直感性に欠け、わかりづらい」と指摘を受けたといいます。
その後より直感的に理解が進むように売上データやWeb行動ログ、さらにはNPSや商品の原価情報までを横断的に紐づけ、AIで分析にかけペルソナを作成。
最終的に、数字の裏にある顧客の“心の動き”が伝わるよう、ダッシュボードを再設計し、商品企画・生産・販売といった部署横断で顧客理解を深めるための「共通言語」として使える形に改良しました。
オフライン施策で、“かつての顧客”をデータ化
パートナー企業との会話の中で、「昔、ageteの商品を買ってました」という声をよく聞く飯塚氏は話します。実際の数値を見ても、20代・30代の層はライフステージの変化や可処分所得の問題などから離反が多く、既婚・子持ち層のWebセッションも弱い状態でした。
そこで同社は、「かつての顧客」「今は接点が薄くなっている層」をもう一度ブランドの世界に招き入れるために、オフライン施策とデジタルを組み合わせた施策を行っています。
万博での子ども向けイベント
→ 新規会員登録+店頭ガチャを紐づけID化を促進
新店舗オープン時の新聞折り込みチラシ
→ チラシ内のQR経由で「お気に入り店舗登録」+店頭ガチャでIDを取得
こうした施策により、接点が途切れていた層をブランドと再接続し、継続的なコミュニケーションを可能にしました。
限られた接点で心を掴む―エーアンドエス流CRMの成功要因
1.店舗体験から“購買を後押しする鍵”を特定し、デジタルに展開
ジュエリークロスという「愛着を育てる接点」をデジタルにも移植し、購買サイクルの長さを補完。
2.定性・定量・行動データを束ね、ブランド全体が共有できる顧客像を構築
ファッション領域で重要な“心の動き”を可視化し、MA施策・企画・開発・店舗運営をつなぐ基盤に。
3.オフライン施策で、離れていた顧客との新たな接点を再構築
購買頻度が低い商材だからこそ、失われがちな接点をオフライン×デジタルで再構築。
「MAは便利な一方で、最後はどれだけお客様一人ひとりの心に寄り添えるか。多少工数をかけてでも、変容を生むようなコミュニケーションを続けたい」と語る飯塚氏の言葉どおり、同社の取り組みは、“限られた接点をどう積み重ね、心を動かすブランド体験をつくるか”という問いへの、一つの答えを示した成功事例でした。
後編(タカラトミー)に続く
後編はこちら
アプリマーケターが集うコミュニティ“MOBILE STARS”
モバイルアプリマーケターのためのコミュニティイベント「MOBILE STARS」は、今回で6回目の開催となりました。本イベントは、Moonplate, Inc.を中心に、Adjust、Braze、Molocoといった運営企業が連携して運営しています。
MOBILE STARSでは、今後もマーケターにとって、学びとつながりが得られる場を継続的に提供していく予定です。今回のクリスマス特別企画は、Adjust、Braze、Moloco、Moonplate, Inc.の運営に加え、スポンサーであるRevenueCatとLiberteenz、そしてメディアパートナーであるアプリブの協力のもと開催されました。
アプリ業界の発展を願う多くの有志・関係者のご支援により、本イベントが実現していることに、この場を借りて深く感謝申し上げます。
次回のMobile Starsは2026年4月21日(火)に開催予定です。
アプリマーケティングに従事するみなさんの成長に貢献できるコミュニティとして、今後も継続的にこうした場をつくってまいります。
MOBILE STARS Christmas 2025関連レポート