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  • サントリー『ジハンピ』2,000万DLの舞台裏――貫いたのは「お客様が喜ぶか」という判断基準

2025年3月の全国展開開始から1年4か月。自販機キャッシュレスアプリ『ジハンピ』のダウンロード数は2,000万*を突破しました。運営するサントリービバレッジソリューション株式会社は、当初の目標を大きく前倒ししてグロースを続けています。

獲得の入り口となった「3本無料」の設計思想から、その特典を2026年9月末*で終えるという決断、そして2026年5月に始まった法人向け「ジハンピチケット」まで。1年半の意思決定について、同社マーケティング本部の井上尊之氏に話を伺いました。

*2026年6月末時点
*3本無料の付与は9月末で終了。引き換え可能期間は付与から180日間

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■今回お話を伺った方

サントリービバレッジソリューション株式会社
マーケティング本部 副部長
井上 尊之氏

2008年サントリーフーズ株式会社入社。北海道支社に配属。5年間量販店の営業を経験した後、2013年食品インターナショナル株式会社(現:サントリービバレッジ&フード株式会社)自販機部署に異動。経営企画・マーケ・新規事業開発に従事。現在はジハンピの開発リーダーを務める。

▼『ジハンピ』とは?
サントリービバレッジソリューション株式会社が展開する、自動販売機向けキャッシュレスアプリ。対応自販機でアプリから飲料をキャッシュレス購入できる。2025年3月に全国展開を開始してから1年4ヶ月で2,000万ダウンロードを突破、対応自販機21万台に到達した。

公式サイト:https://www.suntory.co.jp/softdrink/jihanki/jihanpi/

「3本無料」は獲得施策ではない。ユーザーを「病みつき」にさせる学習コストを考慮した体験設計

まず伺ったのは、ユーザー獲得の強力なフックとなってきた初回特典「3本無料」についてです。2026年9月末での終了が決まったこの施策は、そもそもユーザー獲得のための仕組みだったのでしょうか。井上氏は、獲得とは少し違う狙いを挙げます。

井上氏

もちろんユーザー獲得の側面はありますが、どちらかというと、体験を通じて価値を感じてほしいということが一番の狙いです。3本使ってくれたら、自販機やジハンピ自体の価値が伝わるだろうと思ってこの本数にしました。1本目って、どうしても体験として良くないんですよね。自販機らしくない。

現金を入れてボタンを押せば数秒で商品が出てくる、それが自販機本来の体験です。しかし『ジハンピ』の1本目は、アプリのダウンロードから初期設定、操作方法の習得までを一度にこなす必要があり、即時性から最も遠い状態です。2本目でようやくアプリの操作に慣れ、3本目になると、パパッと買えるようになります。

ユーザーは、この学習のプロセスを経て、初めてアプリの利便性を体感できる――それが、3本という回数設計の核心です。

ジハンピ

同社の発表によれば、ジハンピ対応の自販機は非対応の自販機に比べて、平均3%以上売上金額が伸びています。この伸びは、「3本無料」という体験施策そのものが牽引しているのか、それとも自販機の魅力が伝わったことで購買行動が自然に変わった結果なのか。2つの成長要因を切り分けられるか尋ねると、井上氏は否定します。

「3回の価値体験は、アプリだけではなく自販機も含めてだと思っています。実際に使ってみて、自販機って意外と便利なんだという感覚がお客様の中に入っていく。自販機の価値を伝える話と、3本無料をどう設計するかは、つながっている一本の線の中にいると考えています」

3本無料は単なる割引施策ではなく、自販機の価値を体験させるコミュニケーションそのものです。だからこそ、冒頭の3%という売上の伸びも、両者が一体となって継続利用を生んでいる表れだと捉えるべきでしょう。

そして9月末というタイミングで一区切りとする理由については、「3本無料で届かないお客様には、違う切り口の施策が必要」だとして、人・モノ・カネのリソースを次の成長に向けて再配分する判断だったと説明しました。

CMを打つ前に500万DL――「アプリが使える自販機」こそ最強の広告だった

急成長の起点として井上氏が挙げるのは、アプリが使える場所を増やすことでした。全国展開を開始した2025年3月からわずか3ヵ月で、約15万台という規模でジハンピ対応自販機の設置が進められました。

決済端末の搭載にあたり、専門の技術者が必要だった従来のキャッシュレス対応とは異なり、ジハンピは日常の飲料補充業務にあたる担当者でも設置できるよう作業を簡易化し、5分でキャッシュレス化できるようにしました。

この急速なダウンロードのグロースには、同社の「8割の自販機が現金でしか使えなかった」ことへのユーザーからの強い不満があった裏返しであると井上氏は分析。顧客の潜在需要を踏まえ、物理的な設置制約を取り払った上で、短期間に一気に投資する決断をしたことが最も効いたと振り返りました。

井上氏

何万台という数に一気に投資して、ビジネス上うまくいかなかったらどうするか、不具合が起きたらどうするかというリスクがある中で、一気に3ヵ月で取り付けきろうという『垂直立ち上げ』の決断をしたことが一番効いたと思っています。ベースを最速で作るというところですね。

背景には、2025年5月に当初目標を200万ダウンロードから500万ダウンロードへ引き上げた経緯もありました。社外へのコミットは200万から500万へとしつつ、チーム内では「初年度で1,000万いこう」と声がけしていたといい、実際に1,000万ダウンロードには2025年8月末時点で到達しました。

実際、初めてテレビCMを投下したのは全国展開から数ヵ月後の2025年7月でした。

「お客様にとって、使える場所が多いことはアプリの価値に直結するので、そこを一番大事にしていました。そのため7月まではテレビCMもWeb広告なども出していません。ちゃんと使える場所を増やしてから広告を流そうと話していたので、7月まではまったく何もせず着々と準備を進めていました。それにも関わらず、広告を流す前の時点で、修正目標の500万ダウンロードは達成していました」

プロダクトがまだ普及していない段階では、「露出(使える場所の多さ)」に勝るUXはないのかもしれません。デジタルマーケティングに頼るより先に、リアルの接点をどれだけ早く埋め尽くせるか――ジハンピの急成長は、その物理的な制約を突破することにリソースを集中させた結果だったといえるでしょう。

「血液型占いはいらない」。属性データを捨て、行動データとインサイトに賭ける理由

『ジハンピ』は、会員登録の手間を極力排し、ダウンロードして60秒で使えるコンパクトな設計です。ユーザーの年齢や属性といったセグメントデータについて、井上氏は明確に「興味がない」と語ります。

井上氏

血液型占いのように同じ属性でくくられても、みんな価値観も性格も行動も違うでしょう、と思うからです。

この考えは、情報を求める基準にも表れています。還元できるメリットを提示できない限り、ユーザーに情報を求めない。「お客さんのギブとテイクのバランスが合っていない限りはやりません」というのが井上氏の一貫した考えです。

その代わりに井上氏が重視するのは、「どこの自販機で、どういう行動をして、どういうときに使ってくれるのか」というデータです。これまでは「いつ何本売れたか」しかわからなかったところ、アプリの導入によって購入間口(購入者数)と奥行き(購入頻度)に分解できるようになり、顧客がどう自販機を使ってくれているのかが見えてきたといいます。

可視化されたデータから見えてきたのは、意外な利用ピークでした。1日で最も自販機が使われるのは、まさかの「15時1分」。次いで「10時1分」にも山があります。井上氏は当初、自分の働き方を基準に、朝8〜9時台がピークだろうと想定していました。しかし実際には、自分の働き方とは異なり、15時や10時の休憩チャイムと同時に自販機へ向かう製造業などの人々が利用を支えていたのです。

井上 尊之氏

▲井上 尊之氏
(サントリービバレッジソリューション株式会社 マーケティング本部 副部長)

「自分たちの働き方を標準に考えてはいけないなと思い知らされました。データを見てお客様の解像度が上がったことが、私たちにとって大きな喜びです」

行動データからは、時間帯だけでなく季節のインパクトも見えてきました。プッシュ通知も広告も出していないのに、10月頃から休眠していたお客様が、急に6月頃にまた使い始める、という利用サイクルなども見えてきているといいます。

こうしたデータは自販機の従来データでは分析できなかったため、アプリならではの発見でした。

BtoCは極限までシンプルに、BtoBは課題解決のために作り込む

法人向け「ジハンピチケット」は、個人向けの徹底したシンプルさとは対照的に、作り込まれたサービスになっています。この線引きの基準を尋ねました。

C向けの中で明確にNGとしているのは、購買体験を毀損すること。「買う瞬間やアプリを起動した瞬間に何か出す」ようなことはやらないと決めていると、井上氏は話します。
一方の「ジハンピチケット」は、購入する瞬間の体験こそC向けと変わりませんが、チケットを取得する際に多少の手間を挟むことを許容しています。C向けでは絶対に譲らない「購買体験を邪魔しない」というラインを保ちながら、法人ならではの課題解決にはひと手間かけて向き合う――それが、BtoBにおける作り込みの基準です。

法人向けジハンピ

▲法人向け「ジハンピチケット」は2026年5月に開始(提供:サントリービバレッジソリューション株式会社)

想定する利用シーンとして井上氏が挙げるのは、屋外での勤務が多い職種における熱中症対策です。

井上氏

物流業には、一日中外で働いて夕方帰ってくるルートセールスがいます。熱中症対策として会社が朝、飲み物を4、5本渡しますが、昼にはぬるくなり、おいしくなくなるので飲まなくなってしまう。水分と塩分は取れても、それって豊かな体験ではないですよね。そこで、出先の自販機で常に冷えたものを飲めるようにすれば、当社のセールスも、同じような働き方をしている人たちも喜ぶはずだというイメージでいます。

事業全体における位置づけも、独立した収益の柱というより「自販機を好きになってくれる人を増やす施策のひとつ」だといいます。日常的に自販機を使える環境にある人とない人とでは、自販機へのコンバージョンが大きく異なる。だからこそ法人で働く人々をターゲットに、身近な自販機を使う体験を増やすことに勝機があると、井上氏は考えています。

心が躍るか、尖っているか。データより「熱量」が勝つプロダクト開発

事業を運営する以上、指標は日常的に確認しているという井上氏。しかし、意思決定の基準として最も重視しているのは数値ではないと明かします。

井上氏

基準はお客様が喜ぶか、おもろいかどうかだけです。自分がワクワクしないとお客様もワクワクするわけがないので。僕らのトップにあるのは『自販機を好きなお客様を増やすこと』です

たとえ確実視される施策でも、「ワクワクしない」と感じれば採用しません。成功しそうに見えて失敗するものであると考えるようにしています。課題そのものは正しくても打ち手が甘いと判断して、「解決策をもっと尖らせにいこうよ」と議論を重ねるそうです。

ジハンピの開発においては、現金しか使えなかったり、決済端末が使いづらくて自販機を避けたくなるお客様を目の当たりにしたことが、「まず止血しよう」という出発点になったといいます。

止血はまだ道半ば、と語る井上氏の言葉の裏には、確かな実感もありました。自販機を好きになってもらうための取り組みは、『ジハンピ』以外にも、自販機をセルフレジとして使うオフィスコンビニ「ボスマート」などが同時展開されています。井上氏はアプリの成長を機に「手段が増えた」と話し、次の一手への手応えをにじませました。


3本無料という入り口設計、専門業者に頼らない垂直立ち上げ、属性を追わずに行動データへ振り切る判断。ジハンピの1年半に共通するのは、いずれも「お客様が喜ぶか」という一点から逆算された意思決定でした。

その先に井上氏たちが見据えるのは、「自販機を好きなお客様を増やすこと」。初回特典という起爆剤が役目を終えるいま、その一手がどんな形で動き出すのか、動向から目が離せません。(伊藤隆史)

ジハンピ

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