担い手と使い手の両方を自前で集めなければ成立しない両面市場では、広告予算をどちらへ寄せるかという問いに必ずぶつかります。美容予約アプリ『ネイリービューティー(Nailie Beauty)』を運営する株式会社ネイリーは、この問いに「供給側には広告を打たない」という答えを出し、立ち上げから保ち続けてきました。
登録ビューティスト(施術者)は5万人を超え、累計ダウンロードは350万件。広告を打たないだけでなく、リピート予約からの手数料も取りません。2026年6月には、同じ領域で競合してきたminimoとの共同プロジェクトも発表しています。
一連の判断の背景を、代表取締役CEOの浅倉健吾氏と、弟で取締役COOの浅倉紘貴氏に伺いました。
施術者向け広告ゼロで登録5万人 『ネイリービューティー』が貫く「奪わない」設計
今回お話を伺った方々
▼『ネイリービューティー』とは?
ネイリスト、アイリスト、美容師といった施術者個人に直接予約できる美容予約アプリ。ユーザーは500万枚以上のデザイン画像から好みの仕上がりを選び、施術者本人を指名して予約。施術者側は掲載費用・月額費用なしで個人単位の予約ページを持つことができ、カード決済や顧客カルテ、キャンセル料保証などの機能も利用可能。2018年にネイル予約アプリ『ネイリー(Nailie)』として提供を開始し、2025年8月に現在の名称へリブランディングした。
公式サイト:https://nailie.jp/
出発点は、自社サロンで集客に苦しんだ経験
予約プラットフォームが最もコストをかける相手は、一般に供給側です。ネイリーでいえば、ネイリストや美容師といったビューティストがそれにあたります。ところが同社は、そこに広告費を投じないまま登録を5万人まで伸ばしてきました。しかもこれは最近になって生まれた構造ではなく、2021年に公開されたインタビューですでに、同社は「毎月500〜600人のネイリストが自然に登録する」と説明しています。
規模が倍近くになった現在はどうかと尋ねると、返ってきたのは当時を上回る「月に1,000人以上」という数字でした。
増えた理由は、対象にヘアの美容師が加わったことだけではありません。CEOの浅倉健吾氏は2つの要因を挙げます。
▲左:浅倉健吾氏/右:浅倉紘貴氏
ひとつは、掲載する側にも予約する側にも登録の費用がかからないこと。新規集客の手段が常に求められている業界だからこそ、まず試してみるというところまでハードルを下げた効果が大きいといいます。
もうひとつが、施術者同士のつながりです。ネイリスト同士の口コミでネイリーの名前が広がっていく流れが、自然とできあがっています。
この設計は、机上で描かれたものではありません。浅倉氏は兄弟で2007年から美容サロンを経営、現在もネイル・アイサロンを全国で50店舗規模で展開しています。集客する側として苦しんだ経験が、そのままプロダクトの前提になったのです。
クーポンサイトでは、広告費を多く払ったところが上位に表示されます。多店舗展開する事業者や資本のあるサロンほど強くなり、個人サロンは埋もれてしまう――その構造で不利になる側にとって一番使いやすい設計を選んだのがネイリーです。
人が自然に集まる構造は、無料で開放したから生まれたというより、集まった人が埋もれない場として設計されたことで回り始めました。
全面作り直しで見つけた、施術者に選ばれる条件
現場の感覚を前提に置く姿勢は、うまくいかなかった経験の積み重ねから来ています。さまざまな構想を経て、『ネイリー』リリースまでに費やした期間は約2年。ようやくプロダクトは完成したものの、まだまだ問題は山積みだったといいます。
▲現在のデザイン。左:トップ画面。「人気急上昇」のほかランキングなどの並べ替えが可能/右:デザイン検索画面
機能がそろっているかどうかではなく、デザインが供給側の感覚に届いているか。美容の領域で施術者に選ばれる条件は、業務効率の指標だけでは決まらないことも学びとなりました。
また、アプリには実績のない施術者が埋もれないよう、評価順に加えて「人気急上昇」「おすすめ順」などの並べ替えや、デザイン画像から探す導線も用意されています。こうした設計も、現場の声から積み上げた仕様です。
継続課金を持たないプラットフォームの勝算
ネイリーが収益を得るのは、新規予約が入ったときだけです。掲載費用も月額費用もかからず、一度来店したユーザーが次に予約する際の手数料も発生しません。プラットフォームとして最も安定するはずの継続収益を、立ち上げの時点から収益源に数えていないのです。
その判断が成立する裏には、以下のような理由があるといいます。
美容業界は、常に新規集客をしないと離脱していく業界なんです。ですから、新規の手数料だけでも、平均単価やリピート率で見合っています。
継続課金という収益機会を使わない一方で、同社が引き受けたのは供給側のリスクです。
美容サロンは1日にさばける人数が少なく、直前の取り消しによる売上ダメージが大きくなります。そこで予約時のカード決済で当日キャンセルを抑止。ドタキャンの履歴は顧客カルテに残し、それでも起きた場合に備えてキャンセル料保証を用意しました。
多い店舗では、月に数十万円ほどの損失が出る世界。そこを逆転的に解決するものを詰め込んで設計した結果、施術者はレジやカード端末を用意しなくても、予約の受付から決済、顧客の管理までをアプリひとつで回せるようになりました。集客と予約まわりのシステムを個別にそろえる負担を、個人でも抱え込まずに済む状態です。継続的な手数料を求めない代わりにネイリーが引き受けたコストは、そのまま供給側の始めやすさへと変わっています。
SEOを捨ててSNSへ Z世代に絞った獲得設計
供給側が口コミで積み上がる一方、予約するユーザー、つまり需要側の獲得には資金が投じられてきました。2024年7月に200万件だった累計ダウンロードは、今や350万件超。象徴的なのがCM施策で、その中身は一般的なマス投下とは異なり、全部ウェブに投下したといいます。
そのCMには、当初は俳優の川口春奈さん、2025年にはアイドルグループのFRUITS ZIPPERを起用。品質の高い動画に仕上げたうえで「FRUITS ZIPPERの『ネイリー』だよね」と語られるよう認知させ、ハードルを下げる狙いがありました。
こうしたチャネルの選び方には、明確に意識している相手がいます。美容予約の領域で圧倒的なシェアを持つ、大手のクーポンサイトです。どう向き合ってきたのかを尋ねると、答えは明快でした。
クーポンサイトはたしかに強いのですが、僕らはターゲットをZ世代に絞りました。SEOなどはいったん捨てて、SNS広告、TikTokやYouTube、そしてアプリの使いやすさを徹底して差別化しました。同じ土俵で戦いに行っても、絶対に勝てないので。
供給側の立ち上げ方にも同じ発想が表れています。リリース当初はあえて「カリスマネイリストしか使えないツール」として尖らせ、掲載者の事前登録が1,000人を超えた時点で一気に開放。今も公式アンバサダーの施術者を通じて広がっています。検索での競争を最初から降りた代わりに、認知はSNSで取り、アプリの使いやすさで定着を促す設計です。
minimoと選んだ「奪い合わない」道
2026年6月8日、ネイリーは株式会社MIXIが運営するサロンスタッフ直接予約アプリ『minimo』との共同プロジェクトを発表。施術者個人を指名して予約するという、最も近い領域でユーザーを分け合ってきた相手に、協業の声をかけたのはネイリー側でした。
一強がめちゃめちゃ強いので、我々が争っても意味がないと考えたんです。幸い、向こう(minimo)もそう思ってくれました。僕らはネイルが強く、あちらはヘアが強い。セグメントも少し違います。しかし、幹となる思想は同じなので、組んで領域を広げようとなったんです。
美容予約市場の主流は、今も「サロン単位で掲載し、掲載料を支払う」モデルです。それに対して両社は、施術者個人が自分の名前で集客するという同じ構造を選んできました。競合であると同時に、市場そのものを新しくつくる側でもある。だからこそ、奪い合うより広げるほうが得だという判断が双方で成立しました。早速共同キャンペーンなどの企画を進めており、年内には打ち出したい考えです。
目指すのは、腕が単価に直結する市場
ネイリーのサービス開始から8年。2025年にはヘア領域へ広げており、現在はネイル特化から総合プラットフォームへの移行に最も力を入れていると、二人は話します。
その先に置いているベンチマークは意外にも、美容業界ではなく飲食業界。同社が『食べログ』に見ているのは、先行するグルメサイトに対して後発でありながら、店の評価を可視化することで存在感を築いた点にあります。
美容の領域でも、施術者の技術や評価が可視化され、それが指名や単価に反映される市場を作りたい考えです。ネイリー経由の平均単価はすでに全国平均の1.5倍ほどに達しており、そこをさらに伸ばしていく方針だといいます。
指名されるのはサロンではなく個人で、その人の技術が価格に反映される。掲載順位を広告費で買う構造から距離を取り続けてきたのは、単価が実力で決まる市場を先に作るためでもありました。
技術で選ばれた分だけ単価が上がる市場は、施術者が見つけてもらえて、初めて成立します。だからこそネイリーが譲らないのは、「いいビューティストが評価順で必ず見つかること」と「直感的に予約が完了すること」の2点。ネイルからヘアへと領域を広げる過程でも、ここだけは動かさない考えです。
広告を打たずに集まった5万人は、自分が見つけてもらえるという前提の上に乗っています。掲載者から継続的に収益を取らないことも、思想の近い競合と手を組むことも、その前提を守ったまま市場そのものを広げるための判断でした。自社で囲い込む前に、市場を大きくすること。それが、ネイリーが貫いてきた設計の芯といえるでしょう。
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https://nailie.jp/hair_campaign_lp/202609/
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000085.000029775.html
Nailie
浅倉健吾氏
完成したのに、ネイリストさんから『かわいくないから使わない』といわれ、全部作り直すことにしました。
それを開発側に伝えたら、今度は『「かわいくない」の定義が欲しい』といわれまして……(笑)