Adjust、Braze、Moloco、Moonplateが運営するモバイルアプリマーケター向けコミュニティ「MOBILE STARS」によるイベント「MOBILE STARS Summer 2026」が、2026年8月26日に開催されました。
前編のリーバイスに続き、後編では、世界中で多くのユーザーに愛される学習アプリ『Duolingo』が登場。「なぜ毎日開きたくなるのか」をテーマに、ユーザーの継続利用を支えるプロダクト設計やグロース戦略をお届けします。
【レポート】1%のリテンション改善が生む複利成長――Duolingoが語る、世界No.1アプリのグロース戦略(MOBILE STARS Summer)
『Duolingo』はなぜ毎日開きたくなるのか――複利成長を生む「リテンション」と「意思決定スピード」
続いてのセッションは、Duolingo, Inc.の水谷 翔氏(日本カントリーマネージャー)が登壇。「なぜ毎日開きたくなるのか」をテーマに、ユーザーの継続利用を支えるプロダクト設計やグロース戦略が紐解かれました。ゲーミフィケーションや習慣化の仕組み、日本市場におけるユーザー理解など、実践的な知見が共有されたセッションです。
登壇者プロフィール
Duolingo
「言語学習は楽しくなければならない」――創業の原点
水谷氏はまず、Duolingoが「楽しさ」を最重要視するに至った創業ストーリーを紹介しました。
創業者のルイス氏(グアテマラ出身)とセバリン氏(スイス出身)は、互いの母語を教え合う語学コースを作ったものの、わずか3日で挫折。ここから「言語学習における最大のハードルは、モチベーションの継続である」という気づきを得て、すべての体験を「楽しさ」を前提に設計する方針を固めたといいます。
現在、DuolingoのMAU(月間アクティブユーザー)は世界で1.4億人を突破しています。
DAU2倍の差を生む「1%のリテンション改善」
水谷氏が最大のグロースドライバーとして挙げたのが「コンパウンド・グロース(複利成長)」です。これを支えるのが「リテンション・レート(維持率)」と、それを高速で改善する「意思決定とABテスト環境」の2要素だといいます。
この2要素がグロースにどう影響するのか、架空の2社を用いたシミュレーションを紹介しました。
DAUが10万人、リテンション率80%のアプリがあり、5人に1人が毎日口コミで新規ユーザーを呼ぶと仮定します。
▲リテンションレートがDAUに与えるインパクト例(Duolingo, Inc.登壇資料より)
両社とも同じ新機能を開発し、実験でリテンション率をさらに1ポイント改善する効果を確認しました。ここで分かれたのが、意思決定の速さです。
「Duolingo」は8日目に即座に全展開し、9日目からリテンション率が81→82%に向上しました。一方、架空の競合「Luodingo」は完成度を高めるための追加検証を挟み、新機能の実装が70日遅れることになりました。
その結果、79日目のDAUは「Duolingo」が44万人、「Luodingo」は22万人。同じ改善効果でありながら、2倍のDAU差が生まれたといいます。
▲リテンションレートがDAUに与えるインパクト例(Duolingo, Inc.登壇資料より)
「たった1ポイント改善する施策のリリースが2ヵ月遅れるだけで、DAUに2倍の差がつく」と水谷氏。この考え方の根底には、「切迫感」があるといい、同社の元プロダクトマネージャーの言葉を紹介しました。
私たちが学んだ最も重要なことの1つは、切迫感が複利的な成長を生み出すということです。長期的に最大の成果を得るためには、常に切迫感を持つことが欠かせません。効果の高い実験や施策は、早く実行すればするほど成長への影響も早まります。
この意思決定の速さを支えているのが、全社に浸透した「ABテスト」のインフラです。非エンジニアであっても直感的にテストを実行でき、結果は自動でレポート化される仕組みが整っており、生成AIが登場するはるか以前から、検証結果をGoogleドキュメントへ自動出力する運用を続けてきたといいます。
水谷氏は「グロースを最大化するには、どれだけ早く、どれだけ多くの実験を打てるかという検証環境の構築に、真っ先に投資することが最重要」と強調しました。
その徹底ぶりは、レッスン完了時に表示されるキャラクターのアニメーションから、リーグ機能やホーム画面といった大型アップデート、そしてユーザーから「ストーカーのようだ」とも言われるDuoからのしつこいプッシュ通知の文言・タイミングに至るまで、ユーザーが目にするほぼすべての要素がABテストを経て選ばれているという点にも表れています。
一方で、スピードと品質を両立させる仕組みも明確です。ひとつは「リテンションが最優先」という評価ルール。売上が大きく伸びる施策であっても、リテンションが下がると判明すればそのリリースは即座に却下される、一貫した意思決定基準が敷かれています。
もうひとつが、CEOのルイス氏が今も毎週自ら行う「プロダクトレビュー」です。各プロダクトチームの持ち時間はわずか15分。その短い枠の中で、最終的なリリース可否がスピーディーに決定されるといいます。
▲意思決定をサポートするA/Bテスト(Duolingo, Inc.登壇資料より)
会場からは「非エンジニアでも使えるABテスト環境を、どう技術的な障壁なく実現しているのか」という質問も上がりました。
水谷氏は、ツール自体は非エンジニアでも直感的に扱えるよう設計されている一方、実際にテストを実施する権限や役割分担は、明確なミッションを持つプロダクトチームが責任を持って管理しているとし、「誰でも自由にテストを乱発できるわけではなく、ツールの民主化とガバナンスは両立させている」と説明しました。
意思決定のスピードを支えているのは、優れたツールそのものではなく、「何を最優先に判断するか」というルールと、それを組織全体で徹底させる仕組みです。
この2つを併せ持つことこそが、ABテスト環境を単なる検証ツールから複利成長のエンジンへと変える鍵だといえるでしょう。
7,000万人のホワイトスペースを切り拓いた、「勉強」から「エンタメ」への転換
続いて水谷氏は、2020年に立ち上げた日本市場での戦略を紹介しました。当時の認知度は5%未満。日本の語学学習市場は、TOEICのスコアアップなどを目指す層を狙う競合がひしめくレッドオーシャンに見えましたが、データを分析すると「語学に関心はあるが、まだ学習を始めていない層」が全体の55%、約7,000万人存在することがわかったといいます。
この層に届けるメッセージを探る中で、水谷氏の記憶に強く残っているのが、ある20代男性へのインタビューです。
「過去2年間、毎日お風呂の中でDuolingoをやっています」という回答に対し、脳に負荷がかかるはずの英語学習をリラックスしたいお風呂でなぜやるのかと違和感を覚え、後日改めて理由を尋ねたところ、次のような答えが返ってきました。
「理由と言われても……それまでインスタグラムを見ていた時間が、ただDuolingoに置き換わっただけなんです。インスタを見る感覚でやっています」
この言葉から水谷氏は、日本のライトユーザーにとってDuolingoが「勉強の手段」ではなく「リラックスタイムのエンタメ」として消費されているというインサイトにたどり着きました。
▲水谷 翔氏(Duolingo, Inc.日本カントリーマネージャー)
こうした発見に至るコツについて、水谷氏は「インタビューに臨む前の、徹底した下準備」を挙げます。事前に定量データをリサーチし、複数の仮説(「アタリ」)を頭に用意した状態でフラットにユーザーと対話を重ねることで、何気ない発言に「ここに引っかかりがある」と反応できるようになるといいます。
ただし、仮説を持ちすぎるとインタビューが「仮説の答え合わせ」になってしまう点には注意が必要だと補足しました。
もうひとつのコツが、自分の担当領域を一段抽象化し、別の業界のレンズで捉え直すことです。帰国子女で、日本の受験英語の挫折経験がない水谷氏は、日本のユーザーが語学学習に抱く「痛み」に当事者として共感できないという弱みを、逆手に取ったといいます。
語学学習を「教育・勉強」ではなく、「TikTokやゲームアプリと可処分時間を奪い合うエンタメ」という異なるカテゴリのレンズで捉え直したことが、インサイト発見の後押しになりました。
このインサイトから生まれたのが、水谷氏が実践するオリジナルのフレームワークです。マーケティングの定番である「WHO(誰に)」「WHAT(何を)」「HOW(どう伝えるか)」の間に、「WHERE(どこで/どんな状況で使われているか)」を加えることで、戦略が格段に整理しやすくなるといいます。Duolingoの場合は次のように整理されました。
▲独自のフレームワーク(Duolingo, Inc.登壇資料より)
「WHO」と「WHAT」の間に利用シーンである「WHERE」を挟むことで、抽象的なターゲット像がいきなりベネフィットへ飛躍せず、「どんな状況でこの価値が刺さるのか」を具体的に言語化できる――これがこのフレームワークの狙いです。業種を問わず、自社アプリのターゲット設計に応用できる考え方だといえるでしょう。
この一気通貫した設計から生まれたのが、テレビCM「ゴロゴロ、Duolingo」でした。施策開始から約1年半でペネトレーション(利用経験率)において競合を上回り、アプリストア内のダウンロード数および収益で国内1位を獲得。後発参入というハンディを覆し、仮説の正しさを証明した形です。
SNSで年間4億インプレッション、日本人はストリーク世界一
もうひとつ、アプリの認知を後押ししているドライバーとして紹介されたのは、SNS運用です。
レッスンをサボると追いかけてくるキャラクター「Duo」のシュールな投稿は、2024年に日本だけで年間4億回超のオーガニックインプレッションを記録。過去にはパルクールをする動画が1,600万インプレッションを記録したこともあるといいます。
▲Social First Strategyについての説明(Duolingo, Inc.登壇資料より)
また、日本のユーザー特性についても、興味深いデータが共有されました。自己評価に非常に謙虚な国民性から、当初「プレースメントテスト」という名称が心理的ハードルとなり受検離脱が多発していましたが、名称を「クイズ」に変更しただけで受検完了率が跳ね上がったといいます。
一方、連続学習記録「ストリーク」の世界最長保持国は日本で、2位はドイツ。「弱点は言葉のデザインでケアし、強みはアプリの仕組みでハックする」――この姿勢が、日本市場での高い定着率を支えています。
なお、着ぐるみのDuoが登場するSNS向けクリエイティブの制作体制は、市場の規模によって異なるといいます。組織の大きいアメリカ本社はインハウスで内製する一方、日本ではわずか4人という少人数体制のため、信頼できる制作パートナーと組んで撮影を行っているとのことです。
グローバル共通のガイドラインは「公序良俗に反せず、学習者を小馬鹿にしない」というシンプルなものですが、日本国内向けの投稿については炎上リスクを踏まえ、水谷氏自身がすべて最終監修しているそうです。
ヤプリが示す、LTV1.5倍を生む「動詞型コンテンツ」
セッション後のネットワーキングでは、スポンサーを務めた株式会社ヤプリの加嶋優氏が登壇しました。
加嶋氏はまず、フラーとの共同調査データを紹介。ユーザーは1ヵ月平均51個のアプリを利用し、1日約130回起動、利用時間は1日約5時間にのぼり、世代間の差もほとんどないといいます。「アプリは生活のインフラ」であり、クーポンやポイントといった機能的価値だけでの差別化は限界を迎えつつあると指摘しました。
▲アプリ市場調査レポート(ヤプリ登壇資料より)
そこで重要になるのが、「学ぶ」「育てる」「競う」「集める」といったユーザーの能動的な行動を促す「動詞型コンテンツ」です。加嶋氏は、こうした動詞型コンテンツの導入によって顧客のLTVが1.5倍以上に向上した実績があるといいます。
▲加嶋 優氏(株式会社ヤプリ)
一方で、コンテンツを充実させるほど運用リソースは逼迫します。同社の調査でも、アプリ運用の課題の1位は「開発コスト」、2位・3位は「社内外のリソース不足」でした。加嶋氏は、「非エンジニアでもドラッグ&ドロップでUIを変更でき、CRMなどの外部連携もノーコードで実行できる基盤」こそが、マーケターが体験設計に集中するための前提条件になると結論づけました。
まとめ:顧客観察と、高速な検証環境への投資
リアルとデジタルを融合し、顧客をセグメントで細分化し顧客体験を追求するリーバイス。1%のリテンションに徹底的にこだわり、日常のエンタメとしてアプリを習慣化させたDuolingo。
業種も規模も異なる両者に共通していたのは、「自社のアプリが、ユーザーの日常でどのように使われているか」という行動観察と、それを施策へ反映する高速な運用でした。
「答えは星の数ほどある」――運営代表の大西氏が掲げたこの言葉の通り、各社が現場で見つけてきた知見の数々は、参加したマーケターたちにとって、自社のアプリと向き合うための確かな道標となったはずです。
アプリマーケターが集うコミュニティ“MOBILE STARS”
今回の企画は、Adjust、Braze、Moloco、Moonplate, Inc.の運営に加え、スポンサーである株式会社ヤプリの協力のもと開催されました。
アプリ業界の発展を願う多くの有志・関係者のご支援により、本イベントが実現していることに、この場を借りて深く感謝申し上げます。
アプリマーケティングに従事するみなさんの成長に貢献できるコミュニティとして、今後も継続的にこうした場を作ってまいります。
次回イベントへの参加をご希望の方は、公式サイト内のコミュニティ参加申込ページよりお手続きください。
と主催者も語るように、MOBILE STARSでは、今後もマーケターにとって、学びとつながりが得られる場を継続的に提供していく予定です。
イベント概要「MOBILE STARS SUMMER 2026」
日時:2026年8月26日(水) 18:00-22:00
場所:株式会社ヤプリ 〒106-6241 東京都港区六本木3-2-1 住友不動産六本木グランドタワー41階
主催:Adjust、Braze、Moloco、Moonplate
Duolingo, Inc. 日本カントリーマネージャー 水谷 翔氏
2020年8月にDuolingoに入社。後発市場ながら日本をグローバルDAU Top5に牽引。2024年より韓国市場も兼任している。